たとえ9回生まれ変わっても
テーブルにつこうとしたとき、ふと違和感を覚えた。
何かが足りない。
そう思って、ハッとする。
部屋の隅に置いてあった、シオのトイレがない。
おもちゃも、エサ用の皿も。
昨日まで置いてあったのに。
昨日までシオがここにいた証がちゃんとあったのに。
全部、あとかたもなく、なくなっている。
「おばあちゃん」
わたしはおばあちゃんを見た。
まさか、と思った。
いくらなんでも、そんなことしないよね?
だって、あれはーー。
おばあちゃんは涼しげな顔でわたしを見る。
「なあに?」
「シオのトイレは? お皿は? おもちゃは? 昨日ここにあったのに……どこに行ったか知らない?」
英語は話せない。
だから伝わらないかもしれない。
だけど、わたしが言いたいことは、わかるはずだ。
おばあちゃんが、それをしたのなら。
おばあちゃんは、日本語なんてわからないというように首をかしげたけれど、ああ、とうなずいて、英語で言った。
「捨てたわよ。今日ゴミの日だっていうから、ちょうどいいと思って」
わたしは呆然とした。
捨てた?
「……どこに?」
わたしはおばあちゃんに詰め寄る。
おばあちゃんはもうわたしの声なんて聞こえないかのように、足を組んで紅茶を飲んでいる。
「ねえーー」
わたしは怒りで震えていた。
こんなこと、初めてかもしれない。
そのとき、手を掴まれた。
「蒼乃」
紫央が、じっとわたしを見つめる。
わたしは壁に押し留められた紙みたいに動けなくなる。
「ダメだよ。怒っちゃ」
「だって……」
紫央はそれ以上何も言わない。
じゃあ、どうすればいいっていうの。
紅茶を飲み干したおばあちゃんが、カップをテーブルに置いて足を組み直した。
「言ったでしょう。出て行った猫は二度と帰ってこない。探したってもうどこにもいないの。古いものをいつまでも置いておくのはよくないわ」
いいとか、悪いとか、そういう問題じゃない。
心の問題なのに。
わたしは小さくつぶやく。
「……最低だよ」
嫌になるのは、おばあちゃんの言葉がわかるのに、言いたいことを伝えられない自分自身だ。