たとえ9回生まれ変わっても





なんとなく、学校が終わってもまっすぐ家に帰る気になれなかった。


家に帰れば、おばあちゃんがいるから。


おばあちゃんはあと3日、週末までこっちにいると言っていた。


会いたくなかった。


古いものをいつまでも残しておかないほうがいい。

たしかに、そういう考え方だってある。

そのほうがいいのかもしれない。


でも、古い物を捨てるのは、過去を忘れて、新しい物を取り込むためだ。


わたしは過去になんてしたくなかった。


シオのことを忘れてしまいたくなかった。


まだまだ、たくさん、覚えていたかった。


おばあちゃんの考えを押しつけて、わたしの気持ちは無視して。


あまりにもひどすぎる。


一緒にいたら、わたしはまた何が言ってしまいそうだった。

同じ部屋にいても、どうすればいいかわからない。


おばあちゃんが言っていることはわかるのに、話せないなんて、すごく不便だ、と思う。


わたしが英語を話すことができたら、もっとスムーズにコミュニケーションがとれるのだろうか。


でも、それは少し違うような気もする。


ーー本当は話せないというより、話したくないんだ。

自分の気持ちを言葉にするのが苦手だから。


日本語ですら難しいのに、違う言語で話すなんて、もっと難しい。


言葉が出てこないのは、いつも同じ。


本当は言語なんて関係なくて、自分の気持ちを伝えたいかどうか、のほうが大事なんだと思う。


たとえ拙い言葉でも、一生懸命に伝えられたらいいのに。


紫央みたいに、思ったことをなんでも口にできたら、どんなにいいだろう。



わたしはいつもそうする前に、言わないほうがいいんじゃないか、これを言ったら相手が気を悪くするんじゃないか、そう考えて口をつぐんでしまう。



電車を降りてから、自転車で公園に向かった。


駅と家の中間にある、小さな公園。


ブランコに滑り台、シーソーと鉄棒。


遊具にもベンチにも人の姿はない。

木の葉は黄色に色づき、柔らかい風が頬を撫でた。


この公園は、シオのお気に入りの場所だった。


わたしが学校に行っている間、シオは気まぐれに家を出て散歩に出かけた。

夕方になると家に帰って来るけれど、帰ってきたシオの白い体には、細かな葉っぱや短い木の枝がくっついていることがよくあった。




学校が休みの日、シオがいつもみたいに気まぐれに散歩に出かけたから、こっそり後をついて行ったことがある。


シオは慣れた足取りで道を歩き、まっすぐにこの公園に来た。

仲のいい猫でもいるのかな、と思ったけれど、そんなことはなさそうだった。

シオは1匹きりで、ほかの猫の姿は見えなかった。

どこへ向かうのかと思えば、まっすぐに茂みに入ってゆき、気持ちよさそうに昼寝をしていた。


その寝顔はまるで赤ん坊みたいで、わたしは何も見なかったふりをしてそっと公園を後にした。


シオのお気に入りの場所。

きっと何か思い入れがあるのだと思った。


もしかしたら、仲間とはぐれてしまった場所なのかもしれない。


シオはもしかしたら、仲間を探して家を出て行ったのかもしれない。


何ひとつ、わたしにはわからなかった。


シオがいなくなってから、何度もシオを探しにこの公園に来た。



茂みを隈なく探した。


遊具の影も、ベンチの下も。


学校の帰りも、休みの日も。


近所の人に変な目で見られても気にしなかった。



夏の暑い日に汗だくになって、手に棘が刺さって血が出ても、ひたすら探し続けた。


でもシオはどこにもいなかった。

最近では探すのも諦めて、すっかりこの公園に来ることもなくなっていた。


シオはいない。


もう、どこにも。



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