たとえ9回生まれ変わっても
◯
なんとなく、学校が終わってもまっすぐ家に帰る気になれなかった。
家に帰れば、おばあちゃんがいるから。
おばあちゃんはあと3日、週末までこっちにいると言っていた。
会いたくなかった。
古いものをいつまでも残しておかないほうがいい。
たしかに、そういう考え方だってある。
そのほうがいいのかもしれない。
でも、古い物を捨てるのは、過去を忘れて、新しい物を取り込むためだ。
わたしは過去になんてしたくなかった。
シオのことを忘れてしまいたくなかった。
まだまだ、たくさん、覚えていたかった。
おばあちゃんの考えを押しつけて、わたしの気持ちは無視して。
あまりにもひどすぎる。
一緒にいたら、わたしはまた何が言ってしまいそうだった。
同じ部屋にいても、どうすればいいかわからない。
おばあちゃんが言っていることはわかるのに、話せないなんて、すごく不便だ、と思う。
わたしが英語を話すことができたら、もっとスムーズにコミュニケーションがとれるのだろうか。
でも、それは少し違うような気もする。
ーー本当は話せないというより、話したくないんだ。
自分の気持ちを言葉にするのが苦手だから。
日本語ですら難しいのに、違う言語で話すなんて、もっと難しい。
言葉が出てこないのは、いつも同じ。
本当は言語なんて関係なくて、自分の気持ちを伝えたいかどうか、のほうが大事なんだと思う。
たとえ拙い言葉でも、一生懸命に伝えられたらいいのに。
紫央みたいに、思ったことをなんでも口にできたら、どんなにいいだろう。
わたしはいつもそうする前に、言わないほうがいいんじゃないか、これを言ったら相手が気を悪くするんじゃないか、そう考えて口をつぐんでしまう。
電車を降りてから、自転車で公園に向かった。
駅と家の中間にある、小さな公園。
ブランコに滑り台、シーソーと鉄棒。
遊具にもベンチにも人の姿はない。
木の葉は黄色に色づき、柔らかい風が頬を撫でた。
この公園は、シオのお気に入りの場所だった。
わたしが学校に行っている間、シオは気まぐれに家を出て散歩に出かけた。
夕方になると家に帰って来るけれど、帰ってきたシオの白い体には、細かな葉っぱや短い木の枝がくっついていることがよくあった。
学校が休みの日、シオがいつもみたいに気まぐれに散歩に出かけたから、こっそり後をついて行ったことがある。
シオは慣れた足取りで道を歩き、まっすぐにこの公園に来た。
仲のいい猫でもいるのかな、と思ったけれど、そんなことはなさそうだった。
シオは1匹きりで、ほかの猫の姿は見えなかった。
どこへ向かうのかと思えば、まっすぐに茂みに入ってゆき、気持ちよさそうに昼寝をしていた。
その寝顔はまるで赤ん坊みたいで、わたしは何も見なかったふりをしてそっと公園を後にした。
シオのお気に入りの場所。
きっと何か思い入れがあるのだと思った。
もしかしたら、仲間とはぐれてしまった場所なのかもしれない。
シオはもしかしたら、仲間を探して家を出て行ったのかもしれない。
何ひとつ、わたしにはわからなかった。
シオがいなくなってから、何度もシオを探しにこの公園に来た。
茂みを隈なく探した。
遊具の影も、ベンチの下も。
学校の帰りも、休みの日も。
近所の人に変な目で見られても気にしなかった。
夏の暑い日に汗だくになって、手に棘が刺さって血が出ても、ひたすら探し続けた。
でもシオはどこにもいなかった。
最近では探すのも諦めて、すっかりこの公園に来ることもなくなっていた。
シオはいない。
もう、どこにも。