たとえ9回生まれ変わっても


「蒼乃ちゃん、久しぶりねえ。今日はゆっくりしていってね」

お水とおしぼりを運んできたおばさんが笑顔で言う。
ふくよかな体つきで、笑うと頬がぷるぷると揺れる愛嬌のある人だ。

今日はデート? なんて尋ねられたらどうしようと思っだけれど、そこはさすがお店の人。
余計な詮索はしない主義みたいだ。

メニューを開いて、クリスマスメニューを選んだ。
もらったお金でギリギリ足りる金額だった。

周りを見ると、半分が家族連れで、もう半分はカップルだった。

そっと目の前の紫央に視線を移す。

ほかの人たちから見たら、わたしたちもカップルに見えるのだろうか。

紫央とは毎日一緒にご飯を食べているけれど、家で食べるのと、外で食べるのとでは、全然緊張感が違う。

だけど緊張しているのは、わたしだけみたいだ。

紫央はごくごくと喉を動かしながら水を飲み、あっという間にグラスを空っぽにしてしまった。

「ぷは、おいしいー」

紫央は満足そうに目を細めて言う。

紫央はなんでも幸せそうだな、とわたしは少し笑った。

パンを食べても、ただ水を飲むだけでも。
もう何日もものを口にしていなかったみたいに、幸せそうな顔で「おいしい」と言う。

それは作った人や一緒にいる人の心までも溶かしてしまうような笑顔だった。


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