たとえ9回生まれ変わっても
扉が開いて、またお客さんが入ってくる。
「いらっしゃいませー」
紫央が笑顔で言う。
わたしも続いて、小さく「いらっしゃいませ」と言った。
お母さんは戻ってきたものの、接客はこっちに丸投げで、厨房にこもりっぱなしだ。
お母さんはどきどき、パン作りに熱中するあまり、まわりが見えなくなるところがある。
慣れない作業に追われながらおろおろしているうちに、時間が過ぎていった。
テキパキと動く紫央とは反対に、わたしはずっと棒立ち。
かろうじてしたことといえば、お客さんが来たら「いらっしゃいませ」帰るときは「ありがとうございました」と言ったくらいだ。
我ながらあまりの役立たずっぷりに呆れてしまう。
5時を過ぎると、お母さんが「ふー」と肩を揉みながら厨房から出てきた。
「明日の仕込みも終わったし、今日は早めに店を閉めるわ。ありがとね、2人とも。助かったわ」
のほほんと言ってのけるお母さんの肩を、わたしはむんずと掴んだ。
「お母さん」
「え、なになに?」
わたしはお母さんの背中をぐいぐい押して、厨房へ連れていった。