たとえ9回生まれ変わっても
お店を閉めて、お母さんはお父さんを連れて病院へ行った。
残された私は、ついさっき会ったばかりの得体の知れない男の子と部屋に2人きり。
お店にいたときよりさらに緊張するけれど、緊張しているのはどうやらわたしだけみたいだった。
紫央は2階にあがるなり、はしゃぎまわった。
家の中をあちこち物色し、ソファにダイブし、カーペットの上をごろごろと転がる。
自由すぎじゃない!?
初めて来た家って、普通もっと緊張するものなんじゃないだろうか。
「あ、あの」
「ん?」
紫央が抱いているクッションから顔をあげて、キョトンと首をかしげてわたしを見る。
か、かわいい。
……って、そうじゃない。
「お母さんたち、遅くなるかもしれないから夕飯先に食べててって言ってたけど、何か食べたいものある? 簡単なものなら作れるけど」
「パンがいい!」
即答だった。
「ぱ、パン……?」
「うん。ぼく、ここのパンが大好きなんだ」
紫央はにこにこ笑って言う。
「前にもうちの店に来たことあるの?」
お客さんだろうか。
うちのパンが好きだから働きたかったとか?
もしかして将来はパン屋志望で、本格的にパン作りを学びたいとか、そういうことだろうか?
見た感じ、そんな強い意志はどこにもなさそうな気がするけれど。
……いやいや、人を見た目で判断してはいけない。
かわいらしい見た目に反して、じつはものすごく強い意志を秘めているかもしれないし。
だけど紫央の言葉は、わたしの予想とは違っていた。
「ずっと前に、ぼくのお母さんが、このお店に連れてきてくれたんだ」
紫央は懐かしそうに微笑んで言う。
「ぼくのお母さんも、ここのパンが大好きだったんだって」
「……そう、なんだ」
なんとなく、それ以上は訊けなかった。
紫央のお母さん。
だって、さっきーー
『親はいないって言うのよ』
わたしと同じくらいの歳なのに、紫央には、家族がいないという。
いままでどこでどうやって暮らしていたのか。
どこからやってきたのか。
どうして目が青いのか。
気になることは山ほどあった。
尋ねようとしたとき、わたしのお腹が、ぐうう、と鳴った。
なんというタイミングで鳴るんだ、わたしのお腹。
「あの……シチューとか、好き?」
わたしは恥ずかしさでいっぱいになりながら尋ねた。
紫央の青い瞳がぱっと輝いて、大きくうなずいた。
「うん、大好き!」