高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
トラウマは、簡単には消せない。
一度体を重ねられたからといって、それで克服とはならない。まだ怖いと思ってしまうかもしれないし、ギクシャクもしてしまうかもしれない。
きっと時間や慣れ、それに努力が必要だ。
それでも、怖くてもいいから一緒にいたいと思うから。
そういう自分の気持ちに気付いたから、もう逃げない。
桃ちゃんとのことからも目を逸らさない。
しっかり伝えた私に、緑川さんはやや呆れたような顔を向けた。
「『逃げてたから』って、社長からは現在進行形で逃げてますけどね」
「だから、それは〝逃げない〟って答えを出すために必要な時間であって……」
必死に言い返していたとき、後ろから力強く抱き寄せられる。
驚いて悲鳴が喉まで出かかったけれど、それが止まったのはすぐに私に回った腕が誰のものか気付いたからだ。
後ろから抱き締められている状態で振り返るようにして見上げると、やや不機嫌そうな瞳が近くから私を見ていた。
「俺の電話には出られないのに、緑川に会う時間はあるのか……って、おまえ、異常に熱くないか?」
私の肩を持ち、ぐるりと向きを変えさせた上条さんが片手をおでこにあてる。
冷たい手が気持ちよくて目をとじると、五秒ほどしたあと「熱がある」と声が聞こえ、膝裏をすくわれた。