離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる
「今、夕食作るね」
「あまり腹減ってないな」

ぼそっと言う瑛理に、私は敢えて明るい声で答えた。

「駄目だよ。きちんと食べよう。私はお腹空いてるしね」

キッチンに向かいながら、ここで瑛理の好物をこれみよがしに用意しなくてよかったと思った。機嫌取りみたいに見えてしまっただろう。
食事はシンプルにチャーハンとサラダと中華スープにした。手間をかけずに、さっと食べられるもの。
作った私に悪いと思うのか、瑛理はそれでも食事を食べてくれた。この調子でしっかり食べさせて、順調に怪我を治してもらおう。

「ねえ、瑛理。明日から出社するんでしょう?」
「ああ」

食卓で向かい合い、私は瑛理の顔をのぞき込んだ。

「実家から車を借りる。明日からしばらく仕事の送り迎えをするよ」
「……いや、いい」
「でも、その足じゃ満員電車は不便でしょう? 短い距離でも朝はかなり混むし。上野駅まで歩くのだって……」
「あまり気を遣わないでくれ。情けなくなるから」

低い声で言う瑛理は、この問答自体をこれ以上続けたくなさそうだった。
瑛理が情けなく思う必要はない。だけど、そういったことすら、今の瑛理には聞きたくないことなのかもしれない。

「わかった」

私は努めて明るく答え、食べ終わった食器を片付けるため立ち上がった。
食後、瑛理はまた仕事を再開させ、たまに電話もしている。私は家事を終え邪魔をしないように寝室に引き取り、本を読んで過ごした。先に眠ってしまったので、瑛理がいつ眠ったのかはわからない。

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