嘘よりも真実よりも
「私、何も知らずに結婚したんです。……直己さんは、自分をなんにも知らない人と結婚したかったって言いました。私は……きっと、ちょうどよかったんですね。みちるさんというお嬢さんがいることも、あの人が人を殺したことも、何も知らなかったんですから……」

 さゆみさんはスカートをぎゅっと握った。そのこぶしに込められた思いは、なんだろうか。直己の裏切りに対する怒りか……それとも、悲しみか。

「みちるさんにも、大切な人がいるでしょう?」

 今にも叫び出しそうな高い声をあげて、さゆみさんは私にすがりつく目を向ける。

 私は何も言えずにいた。

 さゆみさんは、私に絶望を思い出させる人だ。この世で、唯一私を無条件に愛してくれるはずの両親は、もういない。

 ようやく出会えた総司さんさえも、失うんじゃないかって、恐怖がじわりと背筋に走る。

「みちるさんなら、どう思いますか。愛した人が人殺しだと知ったら、どう思いますか。……違うとっ」

 さゆみさんはいきなり立ち上がり、呆然と座る私のひざにすがりつく。

「違うと言ってください……。どうか、違うと……」

 ひざにひたいを押し当てて、彼女は肩を揺らした。泣いている、と気づいたのは、私の手の甲が濡れたからだ。

 母の万里も、私を抱きしめて、よく泣いていた。

 母は弱い人だった。
 だから、私は泣けなかった。泣いたらいけないと思ってた。

 泣いたら、すべてが終わるような気がしてた。明るく振る舞ってないと、富山の人たちに捨てられると思った。でも、明るくしていても、居候が幸せそうにするなんて、と周囲からは冷たい目が向けられた。

 だったら、私はどうしたらよかったのだろう。

 さゆみさんは素直に泣けて、羨ましい。

「本当です……」
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