嘘よりも真実よりも
 ぽつりとつぶやくと、さゆみさんは涙でぬれた顔を上げて、ぼんやりと私を見つめた。

「久我直己は、母……相楽万里の両親を殺しました。私はそう、聞いています」

 さゆみさんが絶望していく顔を見ていられなくて、まぶたを伏せた。

 泣けたらいいのに、涙は一粒もこぼれてこなかった。

 彼女は唇を震わせると、客間を飛び出していった。まだ外に出たらいけない。そう思ったけれど、引き止める力が湧いてこなかった。

 しばらく呆然とソファーに背もたれていた。ポケットの中のスマホが震えて、ようやく現実に引き戻された。

 通話ボタンを押して、耳に当てると、優しい声が聞こえてくる。

「みちる? 今、大丈夫ですか?」

 総司さんは戸惑うように尋ねてきた。すぐに声が出なくて、黙っていると、「みちる?」と、ふたたび名前を呼ばれた。

「あ……、ごめんなさい。今日は行けなくなってしまって……」

 胸がちくりと痛む。

「何かありましたか?」
「お仕事でトラブルがあって。本当に……ごめんなさい」
「そうでしたか。残念ですが、仕方ありませんね」
 
 総司さんは小さな息をつく。

「大切な、お話があったんですけれど」
「大切って?」
「次にお会いできた時にお話します」
「そう。電話では話せないような、大切な話なんだね。いつがいい?」
「また、ご連絡します……」

 総司さんとのお別れは、もう少し先がいい。

 彼に会いたい。
 たったそれだけの願いを、ずっとずっと胸に抱えていたかった。それだけすらできなくなる日なんて、来ない方がよかった。

 それだけ、私は総司さんを愛していて、手放したくないほどの幸福を、彼に与えてもらっていたのだと思った。
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