嘘よりも真実よりも



 思い切って、ずっと前から行きたかった高級ホテルの日本和食レストランを選んだ。

 仁志さんはもっといいところでもいいのに、と笑ったけれど、もっといいところが想像つかなくて途方にくれてしまった。

 富山家の人々は気さくだから、すぐに忘れてしまいそうになるけれど、とびきりのセレブなのだと、こういう時に実感する。

 お気に入りのワンピースに着替え、玄関を出ると、仁志さんが待っていた。

 スマートなスーツを着た彼は、カジュアルなものを身につけていても、全身からあふれる気品を隠せないでいる。

 隙のある清貴さんとは違うのだと思う。のびのびと自由気ままに育てられた清貴さんとは対照的に、富山家を背負う長男として教育されてきた仁志さんには、気を抜くひまなどあるのだろうかと感じてしまう。そのぐらい、常に、富山仁志を演じてるように思えてしまう。

 思えば、素の仁志さんを見たことがあっただろうか。

 兄妹のように育ったのは清貴さんだけで、仁志さんはいつも大きなお兄さんで、気安く話しかけることもできない遠い存在だった。

 こうしてふたりで出かけるなんて、特別じゃないようでいて、特別なことだったんじゃないかと気付いたら、急に胸がはね上がった。

 総司さんに会いに行けばよかったかもしれない。そうしたら、あの日のキスは性急だったけど、嫌ではなかったのだと……だけど、流されるがままにお付き合いできるわけではないと、好意があると伝えてくれた彼に、誠実な答えが返せたかもしれなかった。
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