嘘よりも真実よりも
「父が思いの外、はやく引退して、想像以上の重圧があった。がむしゃらにやってきて、なかなか心を許せる女性に出会えずに、ここまで来てしまったよ」
「まだ37歳です」

 私より10歳年上の彼は、じゅうぶん魅力的な紳士だった。その気になればいつだって結婚できるだろう。容姿や家柄、素養までも、一流のものを持っている。

「まだって言ってくれるんだね」
「仁志さんはお忙しいだけで、憧れてる女性はたくさんいらっしゃると思います」
「みちるはどう?」
「どうって?」

 首をかしげると、彼はくすりと笑った。しかしすぐに、神妙になる。

「さっき、みちるは相楽でも久我でもないと言ったね。みちるは富山になりたかった?」
「……そんな大それたこと、考えたこともないです」

 富山だったら、劣等感なしに生きられただろうか。いつも誰かに遠慮してた私は、自信に満ち満ちた人生を送れただろうか。

 それを想像するのは、不可能に近い。私にはありえない、考えることすら許されない話だった。

「富山になってもいいんだよ。両親もみちるなら反対しない。もちろん、そうするように育てたわけじゃないから、驚くだろうけど」
「どういう……?」
「俺と結婚しないか」
「え……?」

 唐突な話に、ぽかんとしてしまった。想像を絶すると、頭が真っ白を通り越して、無になるみたい。

「みちるはいつも側にいてくれるよね。身近すぎて、気づけていなかったのかな。俺を一番理解してる女性は誰だろうと考えたとき、真っ先に浮かんだのは、みちるだったよ」
「ま、待ってください。私は全然……」

 側にはいるかもしれない。だけど、彼を理解してるとは思えない。過大評価されてる気がする。

 あわてると、仁志さんは身を乗り出して私を見つめる。
< 33 / 134 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop