嘘よりも真実よりも
 仁志さんは富山家の長男で、誰よりも頼りになる存在だった。彼についていけば間違いない。絶対的な信頼を、富山家の誰もが持っている。

「仁志さんが一番……」

 大切です、と言おうとして、口をつぐんだ。

 バッグの中で小さくスマホが揺れた。きっと、総司さんが返事をくれたのだろう。

「母は万里さんを心配していたから、みちるも同様に心配だったんだと思う。もともと過保護なところのある人だし」

 仁志さんはくすりと苦く笑い、続ける。

「万里さんが住み込みで働くようになった理由は知ってる?」
「いいえ、何も」
「そう。万里さんはね、フルート奏者になりたかったんだよ」
「初耳です」

 母のことは、よく覚えていない。覚えてるのは、柔らかな笑顔と、伏せっていた背中だけ。フルートを演奏する姿どころか、フルートすら見たことがない。

「母はオーケストラのコンサートが好きでね、たまたま隣り合わせた万里さんに出会ったらしい。母はすぐに万里さんを可愛がるようになって、当時大学生だった彼女を支援していたよ」
「母に身寄りはいないって聞きました。大学に通わせてくれていたのは、未知子さんだったんですか?」
「そうだよ。万里さんのご両親は、母と出会ったすぐ後に事故で亡くなられた。万里さんは大学をやめるつもりだったようだけど、母が肩入れしたんだ」
「それなのに、フルート奏者にはなれなかったんですね」

 母の相楽万里が私を産んだのは、23歳の時だった。未知子の期待を、万里は裏切ったのではないか。
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