いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 声を震わせながら、史織を庇ってくれた。泰章が決めたことなのだから、これ以上兄に逆らいたくないと。

「なんの権利があって?」

 母親の言葉を使い、泰章は口角を上げる。どこか剣呑とした微笑みに、ぞわりと臓の腑が震え上がった。

「この烏丸家の、当主として、ですよ」

 ――これ以上の言葉はない。

 烏丸一族で一番の発言力を持つ最高決裁者は、当主である泰章なのだ。

 沈黙が落ちる。誰も言葉を発せない中、泰章がパンパンと手を叩いた。静かなだけにとても大きく聞こえる。その音に引き寄せられたかのように、廊下に数人の足音が響く。

 部屋に入ってきたのは、屋敷に出入りする三人の男性。そしてふたりの運転手だった。それぞれが叔母姉妹と義母を連れ出す。義母は何度も振り向いていたが、泰章が目を向けることはなかった。

 応接室のドアが閉まると、泰章は床に座り込んだままの史織と薫の前にかがみ、史織に微笑みかけてから薫の頭を撫でた。

「ちょうど戻ってきた時、薫がここに飛び込んでいくのが見えた。……聞いていたよ。史織を守ってくれて、ありがとう」

 優しい兄の口調は、ケーキを買って妹と一緒に食べるからと言っていた時のもの。薫も嬉しかったのだろう。史織に掴まる手にグッと力を込め、兄に似た綺麗な瞳に涙を溜めた。

「……いいえ……いいえ、お兄様が……決めた人ですから……」

 薫はその瞳のまま史織を見つめる。

「ごめんなさい……。お兄様が、いつもケーキを買ってきてくれて、嬉しそうにお話をしてくれる女の人だってわかってました。妻にするって、責任をとらせるっていう形でも、絶対なにかお考えがあるんだってわかっていたけれど……。母に逆らえなくて、私……」

 ぽろぽろ涙を流す薫を見つめ返して、史織は左右に首を振った。

「いいえ……。薫さんだって、いろいろつらいことがあったのに、それでも、わたしのこと庇ってくれて、ありがとうございます」

 泰章が薫の手を握り、史織から離す。ふたりと一緒に立ち上がり、史織と向き合った。

「史織、先ほど説明した通りだ。史織の母君は、フェイクを務めただけで失踪相手でも不貞の相手でもない」

「はい。……安心しました」
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