いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 なにを言っているのかわからないという顔をしているのは義母だけだ。

「恋愛関係になったのは、同じ高級クラブに勤める別の女性だ。父は、今もその女性と暮らしているし籍も入れている。史織の母親は、失踪する際のフェイクとして使われただけだ」

 泰章が史織を見る。つらそうに眉を寄せてまぶたをゆるめた。

「失踪後にもし見つかっても、失踪した相手とは別れたと言えば、失踪に関わるすべての責任から本命の女性を守ることができる。だから、失踪する際にはフェイクになる女性が必要だった」

 目を見開き、史織は泰章の話を受け止める。そのフェイクに、母は進んでなったのだろうか。なんのためにそんなことをしたのだろう。

 母がいなくなった年、史織は高校の卒業式を控えていたのに。

「逃げるために協力はしたが、大元の原因ではない。いやな言いかたをすれば利用されただけ。それを知らなかったとはいえ……」

 泰章はふたりの叔母を交互に見て、ニヤリと嗤う。

「寄ってたかって史織を虐めたわけです。下手をすればこちらが訴えられて、莫大な示談金を払わなくてはいけないことになる。そうですよね、福田先生」

 最後の方で福田に話を振る。福田はおだやかな顔で頷き、叔母姉妹を手で示した。

「そうですね。特に、あちらのお二方はかなりの額になるかと」

 ふたりは同時に「ひっ」と声を出す。そんなふたりに眉をひそめてから、泰章は母親に真摯な目を向けた。

「叔母ふたりとは、絶縁を申し出たい。母上にも同じことを言いたいが、おとなしく別荘で過ごし、今後一切こちらに関与はしないと誓っていただけるなら、絶縁の手続きは踏みません。いかがですか?」

「泰章さん……そんな……。なんの権利があって……! 私は……あなたの母親ですよ!?」

 義母の口調には焦りが窺える。あれだけ居丈高だった人が、泰章には弱い。

 兄妹で母親の態度がまったく違う。おそらく義母は、優秀な兄を敬い、それに追いつけない妹を見下していたのだろう。

 薫が母親に対してあんなにおびえたのも、史織の情報を流し、屋敷から追い出せという命令に逆らえなかったのも、幼い頃から高圧的に抑え込まれていたからなのではないか。

 史織にしがみつきながら、母親と兄の様子を窺う薫。彼女は、泰章が言うように、食事の後一緒にケーキを食べて笑い合える、普通の優しい女性なのだ。
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