いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 史織のすべてを奪おうとする容赦ない仕草。それでも彼女の官能を刺激することだけは忘れないズルイ愛撫が、初めて彼に抱かれた時の時間を思い起こさせる。

 愛の言葉も、処女だった史織を気遣う言葉も、なにもなかった。

 それでも、その行為は自分勝手なものではなく、史織の体温を上げ、しっかりとほぐしてくれて。

 冷たいのに、優しい……。

 行為の中に、以前までの彼を感じたような気がして。気持ちが、ゆるんだ。

 だから聞いてしまったのだ。

 ――行かなくてはならない用事があるんですか?

 今夜くらいはそばにいてほしい……。

 史織の心が、少しだけ我が儘になったから。

「おまえはここにいればいい」

 囁きは冷たく、少しだけ我が儘になろうとした史織の心を抑え込む。

 唇が離れると、激しいくちづけの余韻で吐息が乱れる。史織を見る泰章の瞳に憐みの色が浮かんだ気がして、大きな寂しさが湧き上がった。

「明日の昼になれば、屋敷から迎えが来る。帰ったら、おまえは荷物の整理でもしているといい。……明日は、屋敷から出ないこと」

「……はい」

「余計なことはしない。余計なことも言わない。黙って俺が帰ってくるのを待っていればいい。いいな」

「……わかりました」

 返事を聞いて、泰章は史織から離れる。素早く身支度を整えベッドルームを出ていった。

 ベッドの中でジッとしていると、泰章が部屋を出ていったのがわかる。この広いスイートルームでひとりきりになってしまった。考えるだけで室内が薄ら寒く感じる。

「泰章さん……」

 結婚式の夜、新婚初夜に置いてきぼりにされるなんて、なんて惨めなんだろう。

 悲しくて泣きそうなのに、ここで泣いたらこれからのことに耐えられなくなりそうで、泣いてはいけないとどこかで違う自分が叫んでいる。

 苦しい。息も胸も心も。

 苦しくて、どうやって息をしたらいいのかわからない。

 好きな人と結婚したのに、どうしてこんなに苦しくならなくちゃいけないのだろう。

 大きなベッドの中で、史織はひとり自分の腕を抱きしめる。

 身体の奥底に残った泰章の熱を感じていると、同じくらいの温かなときめきをくれていた頃の彼が胸によみがえり……。

 そして、こんな新婚初夜を迎える発端となった一カ月前を、思い返した――。
< 2 / 108 >

この作品をシェア

pagetop