いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 どんな形であれ、この家に来て彼女に話しかけられたのは初めて。憤った声を聞くのも久しぶりだ。

 しかし薫の機嫌よりケーキの方が気になり、床に落ちたケーキボックスに駆け寄った。

「お仕事中なのにわざわざ書斎まで押しかけて、なんのつもり!? 毎日コーヒーを持ってこられるのだって、どれだけ煩わしいかわかってやってるの!?」

「やめないか、薫!」

 薫の言葉を止めようと、泰章が大きな声を出す。もしかしたら腕でも掴んで史織に近づかないようにしていたかもしれない。

 そんな様子も、落ちて崩れたケーキボックスの前で膝をついてしまった史織にはわからない。

「だって、お兄様がお気の毒でたまらないんです! どうしてお兄様が犠牲にならなくてはいけなかったの!? 別の責任の取らせかたがあった! こんな方法じゃなくても……」

「今さらなにを言っている。おまえだって同意しただろう」

「あの時は……。でも、窮屈そうなお兄様、見るに堪えません!」

「なにが窮屈だっていうんだ」

 兄妹喧嘩のような言い合いは続く。それでも、史織は目の前のものから目をそらせない。

 ひしゃげた白い箱。弾け飛んだ箱は勢いをつけて床に落ちたのだ。形が崩れた隙間から生クリームが漏れ出ている。フルーツタルトだと言っていた。きっと中はぐちゃぐちゃになっているだろう。

(こんな……)

 史織の脳裏に、嬉しそうだった國吉の照れ笑いが浮かんでくる。それだけではなく、励ましてくれた入江、従業員の史織を信じてくれた純子、必死になって史織を庇ってくれた由真。――みんなの気持ちを、ぐちゃぐちゃにされた気がした……。

(こんなの……ひどい……)

「毎日毎日書斎にこもっているのが、窮屈な証拠じゃないですか! 私、知っています! 特に大事な仕事があるわけじゃなくても、お兄様が書斎にこもってここで寝ていること!」

 急いで階段を上がってくる音が聞こえる。家政婦の誰かだろうか。薫の怒鳴り声が聞こえて、何事かと慌てて走ってきたのかもしれない。

 早く立ち上がらなければ。箱を拾って、腕で隠して、何事もなかったように笑わなくては。

 けれど、薫が発した言葉がショックで、……身体が動かない……。

「一緒の部屋にいるのも息が詰まるくらいなんだもの、同じ寝室で寝るなんてできるはずがない! どうしてお兄様が、そんな思いをしなくちゃいけないの!?」
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