いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「どうかなさいましたか!」

 光恵の声が聞こえる。足音は複数だ。史織は我に返って箱を胸に抱き、立ち上がって光恵たちとは逆方向へ逃げ出そうとした。

「待て! 史織!」

 すぐに腕を掴まれ足を止められる。史織は身をよじって逃れようとした。

「放して……放してください!」

「いいから聞け、俺は……!」

「もういい、もういいです! 嫌われてるのは……わかってますから!」

「史織!」

「奥様! どうなさったんですか!?」

 心配する光恵の声が間近で聞こえると、さらに強く腕を引かれ引きずるように移動させられる。泰章が書斎のドアを開いた。

「心配するな。史織と話をするから、誰も近寄るな。わかったね」

「やだ! 放して……!」

 抵抗虚しく書斎の中へ入れられ、泰章が施錠する。いきなり身体が浮き、姫抱きの状態から素早く移動し落ちるようにソファに座らされた。

 一連の動きで、抱えていたケーキボックスを落としてしまった。それも気になったが、真摯な顔でソファの背もたれに史織を押しつけてくる泰章も気になった。

 彼の顔を見ていると、じわっと涙が浮かんでくる。彼を好きな気持ち、嫌われているとわかっていても好きな気持ち、時々見せてくれる優しさに似た様子に、いつかは許してもらえるだろうかと淡い期待を抱いて……。

 でもそんなの……史織の思い過ごしでしかない。

「もう……いいです……」

 苦しい……。胸が苦しくて……破裂してしまいそう……。

「自由になってください……わたしも……もう、無理です……」

 親族に嫌われるくらいなら、我慢できる。でも……。

 好きな人に嫌われたまま一緒にいるというのは……なんてつらいことなんだろう……。

「馬鹿なことを言うな。そんなことを言う権利はない。すべて覚悟して、結婚に応じたんだろう?」

「……慰謝料……請求してください……払います……」

 涙がボロボロ流れた。泰章の顔がにじんでよく見えない。それでも史織は言葉を続ける。

「一生……働いて返します! 夜の仕事でも風俗でもなんでもやって、ただ慰謝料を返すためだけに一生働きます! それでいいんでしょう!?」

「史織!」

「お母さんでもわたしでも、誰かが苦しめばいいんでしょう!? あなたたちが苦しんだぶん、同じような苦しみを味わわせてやったと思えれば満足なんですよね!」
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