いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 泣き叫んで、今にも屋敷を飛び出していきそうだった史織。

 彼女が『泰章さんが、お箸でタルトとか、似合いませんよ』と笑ってくれたのが、泰章は胸が痛くなるほど嬉しかった。

 夜中に一緒にお風呂、の案は却下となり、ひとりずつ部屋のバスルームを使った。お腹がいっぱいになって落ち着いた史織を見ていたら、夜中に起こして一階のバスルームへ引っ張っていくのもかわいそうだと感じてしまったのである。

 残念ではあるが、史織と一緒に同じベッドで夜を明かすのは初めてだし、ついでにもう一度彼女と肌を重ねあえたので泰章は大満足だ。

 嬉しくて嬉しくて、眠れるわけなどない。おまけに、腕の中では史織がかわいい寝息を立てている。

(もしかして……この状況に浮かれているのは俺だけなのでは……)

 急に心配になる泰章の頭の中では、ちょっと拗ねた史織の妄想が返事をする。

 ――泰章さんが悪いんですよ。に、二回もスルから……。

 そのかわいさに、意識を失いそうである。

 こんなに好きなのに、明日にはまた周囲を欺かなくてはならないのだろうか。泰章は史織の髪を撫でながら、泣き叫んだ彼女を思いだす。

 ――お母さんでもわたしでも、誰かが苦しめばいいんでしょう!? あなたたちが苦しんだぶん、同じような苦しみを味わわせてやったと思えれば満足なんですよね!

 ――言ってなくてもやってる! どうしてお母さんがたぶらかしたって決めつけるの! 一緒に失踪した人がそう言ったの!? 苦しんだぶん、誰かを苦しめてウサ晴らししたいからわたしを捕まえただけなんじゃないの!?

 史織がそう思ってしまうのも当然だ。泰章は、守っているつもりで守りきれていなかった事実に胸が痛い。

 とはいえ、事情を知る者たちからは守っているつもりだった。泰章の妻になったことで、外部からは手を出せないガードができたはずだったのだ。

 勝手なことをして店にまで迷惑をかけた叔母ふたりは泰章の母親の妹で、失踪相手の女に慰謝料を請求する話に積極的だった。

 自分たちの姉が気持ちの病を患うほど苦しめられた。相手の女が許せない。そういった意味で断罪を強く望んでいるという意味ならば、姉思いだなと考えることもできる。残念なことに、実際は違う。
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