いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 すると、泰章が史織を抱きしめて楽しげに笑いだした。

「や、やすあき、さん?」

「まったく、史織は。予想通りのことを言うんだな!」

「予想……、なんですか、それ、あの、放してくださ……っ」

 放してくれとはいっても、彼を押すわけでも、史織から離れようとするわけでもない。楽しそうに笑う泰章に抱きしめられている。もう、特賞に当たったくらいの衝撃だ。

 すると、泰章は笑うのをやめ、史織を抱く腕に力を込めた。

「……史織……、もう少しだけ、耐えてくれ……」

「え?」

「このままにはしない……。だから……もう少しだけ、耐えてほしい……」

 なにを言われているのかわからなかった。けれど、泰章の声からはなにか思い詰めたようなものを感じる。

「わかりました……」

 史織はただそう返事をして、抱きしめる彼の腕に従った。



 ――それから三日。

 何事もなく時が過ぎた。

 親族からのいやがらせもなく、薫は相変わらず史織とは顔を合わせようとはせず、光恵たち烏丸家に従事する人たちは優しくて、職場に出れば忙しくも楽しい毎日。

 ただひとつ変わったことといえば、泰章が同じ寝室で眠るようになったこと。

 彼が口にした「耐えてくれ」という言葉の意味を、どうとらえたらいいのかわからない。

 この結婚生活に耐えるという意味なのか、親族にいやがらせをされても耐えるという意味なのか。

 そんな時、泰章が朝食の席で史織に言った。

「今日は帰ったら、史織の母親の件で話がある」

 広い食堂のテーブルは、ふたりで使うには申し訳ないくらいの大きさ。向かい側に座っている泰章を見ないまま、史織は口元の味噌汁椀を傾け時間を稼いだ。

 唇が震えて、すぐに返事ができなかった。母の話とはなんだろう。もしや、母が見つかったのでは……。

 鼓動が大きくなって喉にまで響いてくる。少しだけ流し込んだお味噌汁が、焼けつくように熱く感じた。

「……わかりました。……いつも通りに帰れると思います」

 史織は平静を装って言葉を絞り出す。食堂には家政婦たちも出入りしている。動揺した顔を見せるわけにはいかない。

「俺の母親も同席する。どうしても聞かせなくてはならない話だ」

 ビクリと身体が震えた。味噌汁椀を手から取り落としそうになり、意識して指に力を込める。
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