いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 結婚式にも来なかった、義母。失踪の一件で病床に伏し、精神を病んで別荘で療養中だと聞いた。

 会うのは怖い。けれど、泰章の妻でいる限り避けることはできない。

「……初めてお会いしますから……楽しみにしています」

 声が震えないよう慎重に言葉を出し、味噌汁椀をテーブルに置く。泰章が小さなため息をついた。

「あまり、楽しみにはしない方がいい」

 その様子が億劫そうで、史織にはなぜなのかわからない。義母にとって史織は、憎い女の娘だ。笑顔で接したい相手ではないだろう。

 気まずくなることが確定している。億劫になるのも無理はないのかもしれない。



 泰章の話によれば、彼は義母を迎えに行ってから帰宅するらしい。それでも史織が帰る時間には間に合うように戻るとのこと。

 義母の顔を見たらなんと言えばいいだろう。別荘で療養しているというのなら、体調を気遣ってもいやな顔はされないだろうか。

 実際、話をするために呼び出されるだけでも体力を消耗するだろうし、そのくらいなら差し支えないかもしれない。

「ただいま戻りました」

 屋敷へ戻ると、史織を出迎えたのはなんと薫だった。

「そのまま応接室へ行って。階段の奥の、一番大きい応接室」

 おかえりと言ってもらえるのを期待したわけではないにしても、用件を伝えるのに顔さえ見てくれない。よっぽど嫌われているのだと再認識してしまうが、仕方のないことだ。

 用件だけ伝えて立ち去ろうとする薫の背中に、史織は急いで声をかける。

「わかりました。そこで待っていればいいんですね。薫さんもご一緒ですか?」

 足を止め振り向きかかった薫が、とても驚いた顔をしているのが横顔からわかる。しかし彼女は振り向ききらないまま速足で歩きだした。

「……後から、行くわ」

「わかりました。お待ちしています」

 リビングに入っていく薫のうしろ姿を見送って、少しだけ安堵している自分がいる。薫と会話ができたような気がして、ちょっと嬉しかったのだ。

 ここ数日、泰章の態度が変わったのを感じるせいか、史織の気持ちも以前より前向きになっているのを感じる。

 いつか、薫とも普通に会話ができるようになれたら嬉しい。薫は以前、泰章が買ってくるケーキを食べてくれていたはず。妹が喜んでいた、という話も聞いたことがある。
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