いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 先ほど、ほんの少しでも会話が成り立ったことに喜びを感じた。けれど、薫にとってはわずらわしいだけなのかもしれない。

「今日はあなたのお母様のお話を聞かせてもらえるのですって? 私たちもぜひ聞かせていただきたいと思って来たのよ。お姉様も、泰章さんがいては自由になにも言わせてもらえないと思って、先に連れてきたわ」

 下がりかかっていた顔を上げると、叔母姉妹が左右に分かれる。開かれた視界の先には応接セットのソファがあり、そこから、女性がひとり立ち上がった。

 細身で背が高い女性だ。顔に刻まれた皺は深いが、黒々としたロングヘアと凛とした眼差しが老いを感じさせない。裾が床につきそうなワンピースはほどよく身体にフィットし上品さを感じさせる。

 凛とした……いや、鋭いと表現した方がいい。氷の刃さながらの視線で史織を突き刺し、――義母は、史織に歩み寄ってきた。

 義母に会ったら、身体を大事にしてくれという言葉くらいはかけたいと思っていた。けれど、目の前に立った義母には弱々しい雰囲気はなく、むしろ……。

 ――史織に対する殺気だけが伝わってくる。

 史織はごくりと喉を鳴らした。

 正体不明の危機感で、鼓動はどんどん早くなっていく。

 義母が目の前に立つ。見下す瞳は、まるでごみ捨て場のハエを見るかのよう……。

 その目に耐えられなくて視線を下げる。すると、いきなり突き飛ばされ、史織は転倒し倒れた。

「おまえが、売(ばい)女(た)の娘か……」

 ゾゾゾッと怖気が足元から這い上がってくるような怨みのこもった声。軋む首を上げると、蔑みと怨念だけが落ちてくる。

 息が詰まるほどの威圧感だった。

「私からなにかを奪うとは、いい度胸だな。夫に続いて、次は息子か。盗人の娘は盗人というわけだ……。図々しい」

「盗人……」

 そう呼びたい心境なのかもしれない。しかし息子が結婚した相手まで盗人扱いとは。自分から息子を奪ったという見方なのだろう。

「おまえが責任をとる……? ふざけるな。おまえのような育ちの卑しい馬鹿の娘、同じ空気を吸うのも汚らわしい!」

 両膝をついて立ち上がりかけたところで、義母が片足を上げたことに気付いた。蹴られる、そう感じた時……。
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