いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
 ゴリッと強くなにかを踏みつけた音はするものの、史織の身体に痛みは走らない。

「……くっぅ……!」

 代わりに苦しげにうめいたのは、史織の前に飛び出した、薫だった。

「薫さん!?」

 義母に蹴られて倒れそうになった薫をうしろから支える。しかし薫はすぐに体勢を立て直し、絨毯に座り込んだ状態で史織の前で両手を広げた。

 まるで、庇うように。

「ぉ……お母様、やめ……やめてくださぃ……」

 薫の声は震えている。蹴られたのは右腕、肩の付け根だったが、そこが痛いというよりはおびえた口調だった。

「もう、こんな……、お兄様が……決めたこと……なんですから……」

「薫」

 義母の呼びかけに薫の身体が大きく震える。はたから見てわかるレベルで彼女の身体はカタカタと震えだした。

「おまえは、本当に出来の悪い娘だね。とうとう、こんな売女の娘と同じレベルに成り下がったの?」

 信じられない。これが、実の娘にかける言葉なのだろうか。

「泰章さんは優秀なのに、どうしてこんな娘が生まれたんだろう。やっぱりあの男の血が濃いのね。ろくでなしのDNAは争えないってこと?」

 義母の声に感情はない。ただ淡々と薫を責めるだけだ。史織に向けたのと同じ、見下した視線で。

「聞かれたことには答えられても、やれと言われたことはなにひとつやれやしない。さっさとこんな盗人は追い出せって言いつけも、守れないまま。ほんと能無し。あの男と同じだわ」

 史織は震えながらうつむく薫を見つめる。もしや薫は、義母に言いつけられて辛辣な態度をとっていたのではないか。

 史織などいないかのように無視し続けたのも、泰章の迷惑になっていると怒鳴ったのも……。

 泰章に聞いていた妹のイメージと、実際に会った薫の印象にはかけ離れたものがあった。彼女は、史織を追い出す手段として冷たくしていたにすぎない。

「……お父様は……能無し、なんかじゃ、なぃ……」

 小さな声だが、薫はしっかりと口にし、顔を上げて義母をまっすぐに見た。

「お父様は……! 優しい方でした! 常識があって心が広くて、人を生まれや学歴で差別しなかった! 私は、お父様が好きでした! ……お母さまより!」

「口ごたえは許しませんよ!!」

 義母の口調に怒りの感情が宿る。再び膝を上げたのを見て、史織はとっさにうしろから薫を抱きかかえ、引き寄せながら身体をひねり彼女を庇う。

 蹴られる痛みを覚悟してまぶたをギュッと閉じた、その時。
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