いっそ、君が欲しいと言えたなら~冷徹御曹司は政略妻を深く激しく愛したい~
「やめなさい! 見苦しい!」
その声は強靭な力で場の空気を抑え込む。誰もが動きを止め、息を呑んだ。
「まったく……どこまで恥さらしな行動に出れば気が済むのか」
ため息をつきながら応接室に入ってきたのは、泰章だった。そのうしろから福田もついてきている。
「母上」
泰章が母親に顔を向ける。なぜか両サイドにいた叔母姉妹がビクッと震えて背筋を伸ばした。
「迎えに行くと言ったのに、勝手なことをしてくれましたね。叔母たちが迎えに来てとっくに別荘を出たと世話人に言われた時は、冷や汗が出ましたよ」
「だってね、泰章さんと一緒に来たら、この子と話をさせてもらえないと思って」
義母の口調がコロッと変わる。今までの高圧的な態度の後では、気持ち悪いくらいの猫撫で声だ。
「ええ、話なんてさせませんよ。大事な妻を、売女の娘などと、下劣な悪口を言われたくはありませんからね。まったく……いろんなしがらみから引き離してひとりで別荘暮らしをさせれば少しはおだやかになるかと思えば、まったく変わらない。父が失踪したのも、積み重なった母上からのモラルハラスメントだということを、まだ理解していないようだ」
大事な妻という言葉に気持ちが引きつけられる。それ以上に、失踪理由が衝撃的だった。
「そんなわけがないでしょう。潰れかかった実家の会社を救ってやってこの烏丸家の婿養子にまでしてあげたのに、私の言うことを聞くのは当然であって、モラルハラスメントだなんて人聞きの悪いことを言わないでちょうだい」
義母は史織に目を向け、鼻にしわを寄せいやそうな顔をする。
「この子の母親にたぶらかされたのよ。母親がとんでもないことをしたっていうのに、謝りもしないのよ、この子。常識がないったら。まずは謝るべきなんじゃない? 土下座でもなんでもして」
土下座をしたって許してもらえそうにはない。口出ししたい気持ちはあったが、庇われた形のまま史織の腕にしがみついて薫が震えているので、彼女を守るのが優先だと感じた。
「土下座……ですか」
泰章がふっと笑う。
「土下座をして謝らなくてはならないのは、こちらの方かもしれませんね」
「なにを言っているの?」
「失踪の相手は、史織の母親ではなかったということです」
史織は息を呑む。同じように驚いた薫が顔を上げ、叔母姉妹も口に手をあてて「ひっ」と声を漏らした。