夢路の途中で
彼は急に真面目な顔で言った。


「甘い香りがする。現で嗅いだことがあるような」


思わずドキリとしてしまう。やはり鬼という者は嗅覚が優れている。瞳は遥か遠くまで見渡せ、耳はどんな細やかな音色も聞き落とさない。人の身でないのだから、当然だとしれっと言われた時の事を思い出す。



鬼。人に近いようで、近くない存在。角があるとか牙があるわけでもないが、彼は“鬼”。



「あのね……今日、バレンタインなの。だからお菓子作ってきたの……だからはいっ!!」

「え」


半ば無理やり押し付けるように手渡す。もっとロマンチックな渡し方があるはずなのだが、そんな余裕あるはずもなく。



夜鷹は困惑しながらも中身を確認する。


「甘そうな香りの正体はこれか」


「形が崩れてる……!? やっぱり無しにして……!」


「いい。食べる」


身長が私より少しだけ高い彼は、言うより先に私の渾身の作であるガトーショコラだった、ものを口に入れる。


綺麗な食べ方――なんて見惚れていたら、彼はまた次のを口に運ぶ。その一連の動作をしばし見守った後、ほんの少しだけ甘い笑みが星屑のように零れた。



二人だけの世界。


美味しいと言葉にしてくれないけど、そんな顔されたら結局のところ許してしまうのだ。



二人だけの秘密の夢路で。


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