やわく、制服で隠して。
「いらっしゃい。」

インターホンを押したら、玄関のドアがすぐに開いて、彼氏が出迎えてくれた。

五階建てのマンション。住人も学生が多いんだって言っていた。
このマンションにオートロックは付いていない。
防犯的にも心配になって、そういうマンションに住まないの?って聞いたら、一人暮らしの大学生には敷居が高いって笑っていた。

彼は優秀だ。きっと“いい所”に就職して、そのうち簡単に、オートロック付きのマンションにも住むのだと思う。

オートロック付きのマンションは敷居が高いのに、車は持ってるんだねってからかったら、免許を取ったお祝いに、親が買ってくれたんだって照れ笑いしていた。
その時の表情も、よく憶えている。

あぁ、そうだ。きっと…。

「ねぇ。」

「ん?どうした?」

まだ靴も脱がないで、玄関に立ったままの私を、彼がリビングから振り返った。

「外で手を繋いでデートしたこと無いのって、車があるから、歩く必要が無いからだよね。」

「何?ごめん、聴こえない。」

答えを聞くのが怖かった。
だから、私の声は小さかった。彼にはきっと、私が発した音くらいしか、届いていないだろう。

移動は車ですればいいし、目的の場所まで行って、必要な用事だけを済ませばいい。
デート中、知り合いに会ったことが無いのも、車だと遠くまで行けるし、地元ではあんまり遊んだことが無いからだ。

その通りだって言って欲しかった。
やましい気持ちなんて無いって。別に誰に見られたって大丈夫だって。

でも、深春の言う通り。
これは後ろめたい恋愛だって、彼だって分かっている。
そう思うから、聞くのが怖かった。

「ううん。何でもない。お邪魔します。」

「そう?それよりさ、まふゆ。早くこっち来て。」

靴を脱ぎかけている私を、彼が笑顔で手招きする。
いつになくソワソワしているように見えた。

靴を脱いでリビングに入った私のほうへ彼が寄って来て、手を引かれて寝室に連れて行かれた。

「何?どうしたの?」

寝室のベッドの上。一着の制服が置いてある。
女子の物で、ブレザータイプ。地元では有名な、進学校の制服だ。
私は中学生の時もセーラー服だったから、ブレザーの制服は着たことが無い。

一人暮らしの男子大学生の寝室に、一着の女子校の制服。
その光景は、異様な物に見えた。

「これ、どうしたの。」

「従姉妹が今年卒業してさ。もう着ないって言うから借りてきたんだ。」

「何で?」

「まふゆ、中学からセーラー服だろ?家庭教師してる時もたまに制服着てたけど、ブレザーは見たこと無いし、まふゆはブレザーも似合いそうだから、見てみたいんだよね。」

「私が着るの?」

「俺が着るわけないじゃん。」

制服を凝視していた視線を、彼に移した。
笑っている。
いつもの笑顔。だけど違う。いつもと何かが違う。
その笑顔は異質な物に見えた。

ねぇ、深春。私どうすればいいかな。
やっぱり私達、間違ってるのかな。
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