やわく、制服で隠して。
四人掛けの食卓。
彼と彼のお母さん、その向かいに私とパパが座って、ママはリビングのソファに座った。

私とパパが椅子に座って数秒、一度座った彼とお母さんが立ち上がって深く頭を下げた。

「この度は本当に申し訳ございませんでした。教育の誤りによってこんな事態を招いてしまい…本当に…申し訳ございません。」

「申し訳ございませんでした。」

どうして間違いを犯したのは彼なのに、お母さんの方が謝罪の言葉を言って、彼はただ謝るだけで、お母さんの声はこんなにも震えているのだろう。

彼はきっと、本当に反省しているわけでは無いのかもしれない。

謝れと言われるから、そうしないと、警察に突き出されるから、この場を丸く収める為に「申し訳ございませんでした。」って、思ってもいないのに口にしているのかもしれない。

人生が終わるよりはそうしたほうが、ずっとラクだから。
本当のところは私には分からない。
けれどもう、まともな思考では彼を見れない。

「ご両親の教育が間違っていたかどうかはわたくし達には分かりません。趣味嗜好までは親が必ずしもどうこう出来るものではありませんから…。しかし、彼個人としては裁かれるべき事態です。」

「裁かれるべき。」
そう言ったパパの言葉に、彼がパッと顔を上げた。

「そんな…。警察には…。」

懇願するように声を絞り出した彼、隣で小刻みに震えるお母さんに、パパが「お座りください。」と言った。

二人が座るのを待って、パパが言った。

「警察へは参りません。妻と、当事者である娘の希望ですから。私は警察に突き出すことが筋だと思っていますし、あなた方がどんな謝罪の言葉を述べようと許すことはありません。」

「もちろんです。これだけの情けをかけて頂いたこと、それだけでもう…本当に本当に申し訳ございません。」

パパが立ち上がって、リビングの戸棚から一枚のクリアファイルを持ってきた。
中には“誓約書”が入っている。

日付、事件の概要、今後この一家に関わらないこと、再犯しないこと、それが破られ次第、法的手段を取ること、私達の家族三人の名前の下に、別に署名欄がある。

「こちらをお読みになって、署名と母印をお願いします。」

パパが誓約書と一緒にボールペンと朱肉を置いた。

あの事件の日の夜、深春の家に電話を掛けたパパは、後日彼とお母さんが謝罪に訪れることを約束させたと、聞いていたそうだ。
その日の為にパパはネットで調べて、法的効力を持つ誓約書を作成したそうだ。

彼が署名をして、親指で母印を捺して、その下にお母さんが同じようにした。

「この誓約書はいつでもこちらの意思で提出します。そのことをどうぞ、胸に置いてください。」

お母さんがコクコクと頷いて、「こちらを…。」と紙袋を差し出した。

パパが紙袋の中を覗いた。

「これは?」

「せめてもの謝罪と、これまでに息子が家庭教師の月謝として頂いた全額をお返し致します。」

お母さんの申し出に、パパは溜め息をついた。

彼とお母さんの肩がピクッと上下した。
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