カクレンボ
 人が多いということは声も比例して多くなる。故に雪の声がほとんど聞こえない。

「どのチキンにする?」

「なに?聞こえない!」

「どのチキンにする?」

 雪の大げさな口パクでなんとなくわかった。

 普段声を大きく張らない私も精一杯の声で伝える。
 
 3回目でようやく雪の声が聞き取れた。聴力検査に引っかかったことはないから耳は悪くない。やはり周りの声が大きすぎるのだろう。

 雪が一つ大きなチキンのセットをカゴに入れた。

『あ!』

 誰かの足が引っかかってしまいつまずいてしまった。

「大丈夫?」

 直後、どの人の声よりも響いたパチンという手と手が当たる音。
 
 雪が手を差し出してくれた。故に転ばずに済んだ。冷たい私の手を溶かさないようにそっと包み込む雪の手の温度。

「あ、ありがとう」

「気をつけなよ?人多いから」

「うん」

 足元をみながら小さくうなずくと、雪に手を惹かれ体が勝手に前に進んだ。きっとはぐれないようにしてくれてるのだろう。

 人混みを器用に抜けていく雪にひかれ、わたしもその後ろをピッタリついていく。
すれ違う人も人混みをなんとかして避けている。

 毎年こんなに人多かったかな…。明らかに例年より多い気がする。
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