ゆびきりげんまん
「沙羅さん?」


 不安そうな葵君の声。でも今の私は葵君の目をしっかりとは見られなかった。


「何かあったんですか?  元気がないです」

「……そんなこと……ないよ」


 葵君の視線を感じる。心配しているのが痛いほど伝わってくる。

 張り詰めた空気。

 それを破ったのは葵君が取り出した何かが立てるシャカシャカという音だった。

 この匂い。

 アーモンドチョコレートだと分かった時には、それが口の中に入れられていた。


「……甘い」


 驚いた私は葵君を凝視する。

 葵君は私の口にチョコレートを入れた指をペロリと舐めた。その時の葵君の目はいたずらっ子のような、それでいて艶めくような色気があった。

 ドキリとした。

 こんな目をするんだ……。

 けれど次の瞬間、自分のしたことが恥ずかしくなったのか、葵君は顔を赤くして、照れたように笑った。とたんに可愛らしい顔になる葵君。

 もう、葵君はなんでこんなに魅力的なんだろう。

 でも。


「甘いものって幸せになるでしょう? 何があったか分かりませんが、沙羅さんが元気になるように」

「……ありがとう」


 なんだろう。葵君の優しさが痛い。胸が、苦しいよ。

 私は気がついたら涙を流していた。


「沙羅さん?!」


 葵君は驚いてオロオロしながら私の涙を拭う。

「すみません! 僕、何かしましたか? あ、チョコレート、口に入れたの嫌でしたか? すみません!」

「違うの。葵君は悪くない……」


 バカみたいだ。私、なんで泣いてるんだろう。


「なんでもないの」


 笑ってみせたが、目からはまた涙が落ちた。

 帰ろう。私には葵君は眩しすぎて、悲しくなるから。

 そう思って席を立った時だ。
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