ゆびきりげんまん
「葵君〜! 今日は練習、もうしないの〜?」


 リンクから聞こえてきた可愛らしい声に、頭を殴られたような気がした。

 葵、君……? 今、葵君て呼んだ?

 声の方を向くと、スケート靴を履いた華奢な女の子がこちらを見ていた。まだあどけなさの残る大きな目。雪のように肌は白く、ふわふわした髪を後ろで結んでいた。


「あ、雪菜。うん、今日はもう帰ろうかなと」


 呼び捨て……。雪菜……。

 なんだ、やっぱりそうか。私は特別なんかじゃなかった。葵君を「葵君」て呼ぶ女子、ちゃんといるじゃない。

 私だけじゃないんだ。

 それだけじゃない。葵君だって「雪菜」って呼び捨てするほど親密なんだ。
 
 もう十分だった。


「……ごめん、私、帰るね」

「僕も帰るから一緒に帰りましょう?」


 無邪気な葵君の笑顔。こんなにも憎らしいと思ったことがあっただろうか?


「ごめん、急いでるから。今日は雪菜さんと帰ったら?」

「雪菜?」


 目を瞬かせる葵君を背に私は駆け出した。


「沙羅さん!」


 勘違いも甚だしい。

 葵君の呼ぶ声が聞こえたけれど振り返らなかった。
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