ゆびきりげんまん
 私はそれ以上訊けなくなって、持っていた紅茶の缶を握りなおした。

 温かかった缶が段々と熱を失っていく。葵君はどこか心ここにあらずといった感じで、元気がないままだ。気まずくなった私は、


「紅茶、飲む? 少しぬるくなっちゃったけど、まだ開けてないから」


 と遠慮がちに葵君に声をかけた。


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。あ、でも」


 葵君はそう言って、何か思い出したように足元に置いてあったスクールバッグに手を入れた。


「これ、食べませんか?」


 葵君がバッグから取り出したのは、アーモンドチョコレートの箱だった。
 
 見覚えのあるパッケージ。


「羽田君、好きだったよね、そのアーモンドチョコ。今でも好きなんだね」


 私が笑うと葵君も微笑んだ。


「はい、好きです」


 昔、葵君は遊ぶ時によく持ってきて、私にも食べさせてくれたっけ。


「あーん」


 私は昔を思い出すように口を開けて、はっと我に返った。

 何してるんだろう。私はもう子供じゃないし、葵君だって昔の葵君じゃないのだ。一人で懐かしくなって、距離感を忘れるところだった。

 葵君は今はみんなの王子様。心で呪文のように唱える。


「な、なんちゃって……」


 私はごまかすように笑った。

 葵君は、黒い瞳をちょっと揺らして、細長い指でチョコを一粒とった。

 そして。


「はい、あーん」

「え?」


 驚いて葵君を見る私の口に葵君はアーモンドチョコを押し込むように入れた。

 甘い味が口に広がる。昔と同じ味。

 でも、それよりも、唇に触れた葵君のひんやりした指先の感触が私を支配していた。
 
 かあっと頬が熱くなる。心臓が口から飛び出すほどドキドキして、葵君から目が離せない。
 
 葵君はきっと子供の頃の延長でしたんだ。そうに決まってる。私だけがドキドキしてちゃおかしい。そう思ったのに。

 葵君は恥ずかしそうに自分の指先を見ていた。その耳は真っ赤に染まっていて、私はますます頬に熱が灯るのを感じた。

 どうしよう。葵君、可愛い。こんな反応、ずるい。

 胸がなんだか苦しい。


「あ、あの。美味しいね、このチョコ」


 懸命に言葉を紡いだ。


「そう、ですね」


 まだ赤い顔で恥ずかしそうにしながら葵君は答えた。そして。


「日向先輩の唇って柔らかいんですね」


 葵君はますます顔を赤くしてそう言った。

 どうしよう。そんなこと言われたら。


「そ、そうかな……」


 心臓が壊れそう。

 呼吸するのさえ難しいくらい。

 どきどきしているのは、私だけじゃないの? 葵君もなの?

 しばらく私と葵君は黙って俯いていた。
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