指先から溢れるほどの愛を


「あれ、何か濡れ鼠がいる」


公園の入り口からのんびりとした声が聞こえて来た。

ぴくり、と声の方へ顔を向ければ、こちらに歩いてくる男の風貌に一瞬息を飲む。

アッシュグレーのマッシュヘアとその耳に連なるピアスは陽の光に煌めいている。

重めの前髪の隙間から覗く切長の瞳。それが一見冷たそうなのに不思議と怖さを感じさせないのは、鼓膜を揺らす低音の割に柔らかい声色のせいか、綺麗過ぎるその風貌のせいか。


「いくらもう3月になったからって、さすがにそれは風邪引くよ?どうした?」


その優しい声色につられて、気がつけば私はついこの見ず知らずの人に事の成り行きを説明してしまっていた。


「ふ、ははっ!なるほどそういうこと」

「笑いごとじゃないんですけど……」

「うん、紬出版なら近いし、……まだ時間も大丈夫だな」


私の小さな抗議なんて気にも止めず、彼は私の手首を取りそこについている華奢な皮ベルトの腕時計を覗き込んでそう呟く。


「よし、ちょっとついておいで」


そして次の瞬間にはそのまま私の腕を引き、ベンチに置いてあったバッグも掴んで歩き出す。

え⁉︎ついておいでっていうか、腕、完全に掴まれてますけど。でもこのままここにいてもどうにもならないし、この人見た目はあれだけど、たぶん悪い人じゃなさそうだし。もうどうにでもなれ……!
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