丸いサイコロ
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――実は、そこから一定時間、記憶が無い。
ぼくは、また夢を見ていた。
夢。ぼくはなんで寝ていたんだろうか?
□
それは、あの部屋の中の、懐かしい光景だった。
だけど、それを、懐かしいと思うことは、その夢の中では、無かった。
『──どうして抵抗、しないんだ。 なあ、どうして』
聞き慣れた台詞が、聞きなれた言い方で、降ってくる。
でも、景色がどうなっているかはよくわからない。
その場に、倒れているのだろうか。まるでレンズ越しでブレたみたいだ。
「お前は、いつも、へらへら笑ってて、何があってもへらへら笑って──俺のこと、ばかにしてたんだろ? なあ!」
そんなことはしない。
何の意味もない。
許したふりが出来ても、それがまたいつか、自分を苦しめる。少なくとも、ぼくは、ほとんど覚えている、と思っている。だからこそ、考えないことを、ぼくは選んだだけなのだ。
(……抗うことからさえ、逃げたんだ、ぼくは)
無理にでも、すべて好きになることで、すべて許す努力をしていた。そうして、いつも笑っていなければ、やりきれなくて。
癖のようになっていた。
はたからみれば、それは、傷付いたりしない、作り物みたいな、ただ、人の姿をした何かに見えたのかもしれない。
『母さんも、言ってたぞ。お前が変なことばっかり覚えてるから、近所にも気味がられてるって』
──兄の冷たい声が、こだまする。
足が、ぼくを潰そうとしている。ぼくは、ふいに、そこで、もがきたくなった。悪い夢だ、悪い夢だ悪い夢だ悪い夢だ悪い夢だ。
唱え続けて気が付くと、電話ボックスの中で寝ていたみたいだった。
ぼくは慌てて体を起こす。頭がひどくいたい。心なしか、舌がヒリヒリする。喉が、渇いたかもしれない。
そこで改めて、ボックスの中を見て、それから外を見渡した。
変わっているところ、変わってないところ。誰かの意識の違い。自分の意識のずれ。少し目を閉じて、頭で再現、構成する。
――そして、いくらかのことについて、再確認した。ゆっくりと、息を吸い込んだら、冷たくて、むせる。夜明けが近いみたいだ。
いろいろ考えていると、どこか、気が抜けたような、そんな気分になった。諦めみたいなものかもしれない。
「……あーあ」
きっと、そうじゃないな。ぼくは、いつも見ていたのに、あの日になって急に、そんなことを言い出すなんて、と、言葉にならない疑問を感じていた。
優しさじみたものに、ただの優しさ、ではない何かを感じていたからこそ、気味が悪かった。伝わることが、なかった。それだけじゃないか。
本当に正義感が溢れていたのなら、あの場面で、他に――なんでもない。