俺の世界には、君さえいればいい。
一気に桃のような香りが女子トイレに広がって、まだ帰っていない生徒はいたらしく。
声を押し殺しながら気配を消した。
「てか婚約者だっけ?櫻井 主計の家柄は有名っぽいけど、相手はヤバいんでしょ?」
「そう、ヤバい。そのわりにはちょこまかと櫻井に引っ付いて目障りなのよね」
ヤバい。
そんなふうに簡単に説明されてしまうくらい、私はヤバいらしいのだ。
そして疑問だった考察は、どんどん確信へ変わってゆく。
婚約者という言葉を知っているのだって私と櫻井くん、そしてゆっこ以外には居ないはずなのだから。
いるとすれば、そう、ひとりだけ。
「てかイマドキ婚約者ってなに?キモすぎ」
「じゃあそんな相手がもし、あたしだったら?キモい?」
「……それは、納得するかなぁ~」
「でしょ?相手があの地味女だからキモいのよ」
あいりも性格ヤバいけどねぇ~と、片方は笑った。
恐る恐る、ゆっくりと、静かに鍵を外して扉を開けてみる。
小さな小さな隙間、数センチでいい。
「……、」
その先にいるのはやっぱり剣道部マネージャーの2年、横山さんだった。