跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
「いらっしゃいませ」

立ち尽くしたまま考えに耽っていると、ほかの社員の声に意識を引き戻された。

「いらっしゃいませ」

入口に立った客に、慌てて声をかける。やってきたのは二十代半ばぐらいの男女で、女性の方は薄い冊子を手にしていた。

「なにかお探しですか?」

近寄って声をかけると、明らかにほっとしていた。このギャラリーは、若い世代の方には入りづらいのだろう。幅広い世代に親しんでもらうには、そのあたりの改善が必要そうだ。

「この復刻版タンブラーの、この素材のほかの商品ってありますか?」

見せられたのは、ギャラリーの紹介を載せてもらった無料のタウン情報誌だ。どうやら粉引きに興味を持って来店してくれたらしい。

「ええ、ございますよ。ご案内します」

少し奥になるが、ウィンドウ沿いに見える場所に粉引きのものを集めたコーナーがある。ここは私の提案で作ったスペースだが、快く受け入れた父に対して、岸本さんはあまりいい顔をしなかった。

高級感の漂うギャラリーの、この一角だけは街角にひっそりと開く雑貨屋のような、牧歌的な温かい空気感になっている。
岸本さんはそれを場違いだと主張していた。もちろん私もわかってはいたが、あきらめるという選択肢はなく、あえて実験のような気持ちで押し通させてもらった。

ギャラリーの正面からでは見えづらい少し奥まった場所に設置したのは、ラグジュアリーな空間を損なわないようにするためだ。

それほど集客できなかったら、復刻版タンブラーにちなんだ期間限定のコーナーにして、頃合いを見て撤去すると併せて提案している。

いろいろと考慮した結果、ある意味逃げ道を作った企画となったが、私としては若い世代へのアピールにつながると踏んでいる。広く知ってもらうために、タウン情報誌への掲載だけでなく、SNSを使った宣伝もした。

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