跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
旦那様が有能すぎるのですが!
不意打ちの口づけという、屈辱的な別れ方をしてからしばらく後。千秋さんの祖母である菊乃さんからどうしても会いたいと請われて、彼の運転する車でお宅に向かっている。

見合いの日には満開を迎えていた桜もあっという間に散ってしまい、道すがら目にした街路樹は、早くもみずみずしい葉桜となって通行人の目を楽しませている。

高級住宅街の一角にある及川邸は、周りの家に比べてもひと際大きく、庭も群を抜いて広い。ここなら親子三世帯が一緒に暮らしても、十分余裕がありそうだとその豪勢さに感心した。
幼い頃の千秋さんもこの家で育ったそうだが、進学を機に家を出ており、今は都心の一等地に建つマンションでひとり暮らしをしていると聞いている。

これほど広いお宅で、菊乃さんは今ひとりで住んでいる。お手伝いさんはいるらしいが、身内が誰もいないのはずいぶんと静かでもの寂しいのではないか……という私の心配は杞憂だと、彼女と対面して知るところとなる。
 
御年八十五歳という菊乃さんの背筋はシャキッと伸びており、シルバーグレーの髪はきっちりと結い上げられている。今日はからし色の着物を粋に着こなしており、和服が彼女の普段着なのだと慣れた様子からうかがえる。

自身を〝おばあさん〟と呼ばれるのをなによりも嫌い、顔を合わせてまず発したのが『菊乃さんって呼んでね』だった。彼女のいないところでは『ばあさん』と言っていた千秋さんも、本人の前では名前で呼んでいる。


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