跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
梅雨ならではの鬱陶しい湿気に耐えながら、人ごみを縫うようにして進む。昨日とは打って変わった曇天からは、今にも雨粒か落ちてきそうだ。

都心の一等地……とは言えないまでも、そこそこ人の流れのあるエリアに、加藤製陶はギャラリーをかまえている。

祖父が社長を務めていた全盛期は銀座で経営していたのだが、父の代にそれよりも土地代の安い場所に移転せざるを得なくなった。
かつてのような過剰な格式ばった様子はなくなり、やや入りやすくなったのたから、私としてはこの移転をそれほど悪くは捉えていない。

「愛佳、千秋君との生活はどうだ?」

出社早々に、菩薩顔の父に呼び止められた。父親として、探りたくて仕方がない様子が伝わってくる。

まだ昨日からはじまったばかりなのに、どうだと聞かれても荷物を片付けて一緒に食事をとったぐらいしか報告する内容が見つからない。

「えっと、荷解きは終わったよ。今朝はちゃんと食事の用意をしたよ」

千秋さんとの仲についてもっと深く聞きたそうな表情を見せたが、話しているうちにあれこれ色気たっぷりな発言を思い出してしまいそうだから、勘弁してほしい。

「午後から及川不動産の方がいらっしゃるでしょ? 今のうちから準備しておかないとね」
 
別の話題で、父親からの追及をかわす。

訪問するのはふたりだと聞いている。少しでもなにかの参考になるよう、お茶出しに使うカップや茶菓子用の銘々皿を選んでおきたい。

ひらひらと手を振って、忙しさをアピールしながらその場を逃げ出した。

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