お昼寝御曹司とふたりだけの秘密
「今はホテルから通勤しているの?」

「あ、いいえ……し、知り合いの部屋に泊まっています」

 涼本さんの部屋にお世話になっていることまでは、さすがに言えない。

「新しい部屋に引っ越すって考えても、この辺りってちょっと家賃高いですよね」

「古い物件なら安そうだけど、そういうところってお風呂がないとか、すごく狭いとかになっちゃうかもね」

「そうですよね……」

 ホテル探しも慣れていないし、正直不安しかない。
 それでもなんとかしなければいけないのだから、しっかりしようと自分に言い聞かせていた。

 休憩ルームを出て、ため息をつきながらオフィスへ戻ると、川杉さんに声をかけられた。

「部長が資料室の点検、野山さんと俺で行ってくれって」

「わかりました!」

 月に一度、資料室に保管してある古い資料が揃っているか確認をすることになっている。

 商品企画部や宣伝部がよく持ち出しているので、返却を忘れてしまうということがないように総務部が管理しているのだ。

「野山さん、資料室の点検はじめて?」

「はい、はじめてです」

「結構量が多いから覚悟してね」

 資料室に向かう途中、川杉さんが冗談っぽくそう言った。いや、川杉さんって真面目な人だから本当に大変な作業なのかもしれない。

 そう思いながら通路を進んでいると、第二会議室のそばで男性社員ふたりが話をしていて、ひとりは涼本さんだった。見つけてドキッとしたが、わたしは平静を装う。

 話しているふたりは、なんだか険しい雰囲気だった。わたしは軽い会釈の流れでうつむき、そのまま脇を通り過ぎる。少し聞こえてきた会話は開発部と揉めているという感じだった。

 それは川杉さんにも聞こえたようで、気にしていた。

「大丈夫かなぁ」

「涼本さん、心配ですね……」

「あれ、野山さんは涼本のこと知っているんだ?」

「えっ……は、はい、涼本さんは社内で有名なので。新人の女子の話題にもよく出ます」

「そうか、なるほど」

 川杉さんは納得するように微笑み、「あいつスペック高いもんなぁ」と呟くように言いながら資料室のドアを開けた。
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