お昼寝御曹司とふたりだけの秘密
 そんなわたしを見ていた涼本さんは、瞬きのあとに視線を腕時計へと移し、息をついて椅子から立ち上がる。
 同時に、わたしの腕を引っ張って立たせてくれて、ようやく彼の手は離れた。

「今言ったこと、よろしく頼む」

 まるで業務を頼むようなキリッとした口調に、背筋が伸びた。「は、はい!」と返事をしている間に彼はもうこちらに背を向けていて、そのまま会議室を出ていく。

 パタン、とドアが閉まってもしばらくわたしは動くことができなかった。



 涼本さんが言った『君と俺だけの秘密にしてほしい』という言葉を、頭の中で何度も繰り返す。

 あれからふと気が抜けると会議室でのことを思い出してしまった。
 今まで見ているだけだった、高嶺の花のような存在の彼とふたりだけの秘密ができるなんて。涼本さんが会議室で昼寝をしているのは、わたしだけが知っている。
 そう思うだけで、頬が熱くなってしまった。

 勤務時間が終了し、自宅まで帰ってくる間は心が捕らわれてしまったかのように涼本さんのことを考えていた。
 部屋に入ると、リビングのソファに脱力するように腰を下ろす。

 ひとり暮らしをしている1DKの二階建てアパートは、築年数が少し古いけど、リフォームもされていて内装が綺麗だったし、会社からも近く家賃も払いやすいものだったので入居を決めた。

 駅から少し離れた住宅地の中なので、アパートの周りは騒がしくなくて安心だ。

 いつもならひと息ついて、適当に夕飯を作って食べようと思うのだが、今日はなんだか胸がいっぱいでぼうっとする時間が長かった。

 秘密って言われたからって、こんなに涼本さんのことを考えてしまう自分がなんだか気恥ずかしい。わたしはたまたま目撃しただけで、きっとあの場にわたし以外の人がいても同じことを涼本さんは言ったのだろう。

 だから、決して自分が特別なわけではない。ラッキーだった、というだけだ。
 そう思うようにしているのに、やはり〝秘密〟に胸が高鳴ってしまう。

 また涼本さんと話をする機会があるかな? いやいや、そんなことはもうない、期待なんてしないほうがいい。
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