翠も甘いも噛み分けて
「すみません。私、伊藤翠の婚約者なんですが。たった今そちらの従業員が翠がセクハラしている現場に遭遇いたしまして、その件についてお話をさせて頂けたらと思うのですが、人事部の方に繋いでいただけますか?」

 幸成は本当に会社に電話をかけたようだ。先ほどまで激高して真っ赤な顔をしていた浜田の顔色は、幸成の通報により真っ青になっていく。

「ああ、もしもし? 人事部の方ですか?」

 その言葉を聞いた瞬間、浜田は幸成を突き飛ばし、会社の外へと飛び出して行った。突き飛ばされた拍子に、幸成はスマホを床に落としてしまい、スマホが壊れてしまったけれど、翠が自分のスマホを取り出して人事部へ電話をかけ直し、すぐさま二人揃って応接室へくるようにと指示を受けた。
 応接に移動中、幸成は翠に耳打ちする。

「俺が全部説明するから、なにがあっても翠は絶対に口を挟むなよ。さっきの奴のことで怖い思いをしたんだ。あいつにもそれ相応の仕返ししてやらなきゃ気が済まない」

 未だショックで震えている翠は、幸成の言葉に頷くことしかできなかった。
 応接室に到着し、先ほどあった出来事を、翠の代わりに幸成が説明する。退院してまだ二週間しか経っていない翠を、会社の人も気遣っている。そんな中、幸成は翠を婚約者だと堂々と嘘をつき、証拠の防犯カメラの画像をみんなで確認して貰った。
 音声録音はされていないものの、その画像と浜田に掴まれた腕の跡が証拠となり、浜田のセクハラは認定された。浜田の処分は追って決めるとのことで、ひとまず翠と幸成は帰された。その際、幸成は翠を先に廊下で待つように言うと、人事部の人と少しの間話をしていた。廊下にいる翠にその内容までは聞き取れなかったけれど、話が終わり、応接室から出てきた幸成の表情は晴れやかだった。
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