あなたを憎んでいる…でも、どうしようもなく愛してる

翌日、私は少し早く出社して、社長室のデスクなどを掃除した。
仕事を気持ちよくできる環境作りは、秘書の仕事の一つと私は思っている。
憎い神宮寺であっても上司であることには変わりない。仕事はしっかりと行うつもりだ。

まだ、誰もいないオフィスの張り詰めた空気も心地よい。
少し冷たい空気に背筋が伸びる。

社長のデスクを拭き終えて、後ろの窓を開けようとした時、後ろからゴトッと物音がした。
私は驚き、音の方向を見ると、どうやらソファーのあたりから音がしたようだ。
ソファーは、この位置からだと後ろ向きになっているのだ。
ソファーに近づき覗き込むと…。


「…はっ!!」


大きな声が出そうになり、自分の手で口を押えた。

そこには、神宮寺が寝ていたのだ。
床には、見ていたであろう資料がパラパラと落ちていた。
神宮寺は恐らく昨日から仕事をして、そのまま寝てしまったのだろう。
やはり、この若さで社長に抜擢されるには、人一倍の努力もしていたようだ。

私は寝ている神宮寺にそっと近づいてみる。
憎んでいる男だけれど、神宮寺は近くで見ると、本当に綺麗な顔をしている。
長い睫毛に、形の良い高い鼻筋、少し薄めの唇、そして整えていた髪が少し乱れて額に落ちているが、艶のある濃いブラウンで柔らかそうだ。
ワイシャツのボタンを三つくらい外しているため、隙間から見える喉仏や、首のラインはシャープで、男らしい色気も感じてしまうほどだった。


「…お前、俺を殺したいと思っているのか?」

「…えっ…な…なぜ…」


寝ていると思っていた神宮寺が、目を閉じたまま話し出した。
私が部屋に入って来たことを分かっていたようだ。


「…殺したいなら殺せ。」


神宮寺は何を言っているのだろうか。
驚きのあまり、声が出ない。


「俺が憎いのだろ…最初から知っているぞ。」

「何を…仰っているのでしょうか。」


すると、神宮寺はゆっくりと瞼を上げた。
形の良い少し切れ長の二重の中で、瞳は鋭く光っているように見えた。


「俺は、伊織という苗字を忘れない…お前のことは入社前から分かっていたんだ。」

「き…き…きっと、人違いです!」

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