あなたを憎んでいる…でも、どうしようもなく愛してる

私は、慌てて部屋を出ようとドアを開けると、ちょうど秘書の須藤が目の前にいた。


「おはよう、伊織さん。随分早い出社だね。」


動揺していた私は、須藤に挨拶を返す余裕がなく、会釈だけをして逃げるように走り出した。

心臓がドクドクと五月蠅いほどに音を鳴らしている。

神宮寺は私の正体を知っていた…でも…殺せとは…私が恨んでいることも、全て知っていたのだろうか。

知っていながら、なぜ私を採用したのだろう。

いろいろな言葉が頭の中をぐるぐると回っている。


そして、これから神宮寺とどんな顔をして接すれば良いのだろうか…。


しかし、早い心臓の音も、少しすると治まり始めた。
私は女子トイレの鏡の前に立ち、両手で頬を少し強めに、パンパンと叩き、努めて気持ちを切り替える。

(…大丈夫、私はこれくらいで動揺しない…)

自分に言い聞かせるように、目を閉じて深呼吸しながらこころの中で何度も唱えた。

その甲斐あって、始業時刻の少し前、私は秘書室へと戻ることが出来た。
仕事に遅れることはできない。

須藤は、何か物言いたげな顔をしていたが、特には何も言われなかった。
内心、少しホッとしている。


暫くすると、神宮寺が秘書室へと入って来る。


「伊織、このデータを今日中にまとめてくれ。出来上がったら俺に連絡しろ。」


神宮寺は何事もなかったように、仕事の話だけをすると、すぐにどこかに行ってしまった。

どんな顔で接すれば良いか、などは考えることは無かったようだ。少し救われた。


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