貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
 ギブアップはしないと言ったのに、ベッド、浴室、またベッドと、とうとう三回目が終わった時に、
「ギブアップ……」
と呟いてしまった。

 譲は息の上がる真梨子の隣に寝転がり、腕を差し出すと、そっと真梨子を抱き寄せた。彼の腕枕に頭を預け、真梨子は譲の足に自らの足を絡める。

「とりあえず一時休憩。時間はたっぷりあるからな」

 譲の言葉が恥ずかしくて頬を染めるが、体が怠く、それ以上の反応が出来なかった。

 そんな真梨子を優しく見つめながら、譲は彼女の髪に指を滑り込ませる。

「……もうダメね……あの頃ほどの体力はないみたい……」
「きっと久しぶりだったからだよ。体は大丈夫か?」

 真梨子は頷くと、目を伏せた。

「……私って最低よね……離婚したその日に、もう違う人とセックスして、しかもそれが幸せだって感じてる……」
「……真梨子はそう思うかもしれないけど、客観的に見れば、誰もがみんなそうは思わないんじゃないかな」
「……そんなことないわ……」

 悲し気に呟く真梨子の髪を撫でながら、譲は彼女の額にキスをする。

「俺は真梨子の話と、この間の二葉ちゃんとの会話でしか君の元夫のことを知らない。それでも真梨子の辛さは伝わってきたよ……きっといろいろ我慢してたんだよな」

 真梨子は驚いたように譲を見る。

「真梨子は争いごとが嫌いだから、きっと相手を怒らせないようにとかしてたんじゃないか? 本当は言いたいことも、グッと堪えてたんだろ? ……あれ、おかしいな。俺には包み隠さずはっきり言ってたのに」
「……だってあなたは逆ギレなんてしなかったし、私を自分の思い通りにしようなんて思ってなかったでしょ? だからそんな考えにならなかったのよ。それに……」
「……それに?」
「あなたとは出会った時からそれが当たり前だったから、私も素直でいられたんだと思う……」

 譲は真梨子の髪を撫でていた手を、ゆっくり下の方へ移動させ、腰を引き寄せる。

「俺はさ、真梨子とは嘘や偽りのない関係でいたかったのかもしれないな……。匠のことは別にして、結婚している間は俺を拒否したわけだろ?」

 だって……あなたは彼とは違うから。あなたに本気になったら、私はもう戻れないと知っていたから拒否したの。

 真梨子は譲の体に腕を回し、そっと抱きしめた。

「……私ね、あの人と上手くいかなくなってから、あなたのことを思い出すようになってた……。あなたといた時間はすごく楽しかったし……ずっとあなたに気持ちを伝えなかったことを後悔してたの。自分の置かれている状況が辛くなればなるほど、あなたに会いたくなった……」
「……ならどうしてあの日、終わりにしようって言ったんだ?」
「それは……私はただのセフレでしょ? 本気になって辛い想いをするくらいなら、こんな関係は終わらせた方が良いと思ったのよ。それにね、友達に言われたの。一番好きな人とは結ばれないっていう言葉があるって。確かにあの頃は友達を前提としていたから、無理しない関係を築けていたと思うの。もし恋人になっても私は気持ちを変えられたか分からない。でもね、中途半端に終わってしまったから、いつまでも引きずっちゃったの……」

 言い終えるや否や、真梨子の体の上に譲が覆いかぶさる。体をきつく抱きしめられた真梨子は、意味がわからず戸惑った。

「譲……?」

 しかし返事はない。しばらくの間、真梨子は譲の背中を撫でていた。
< 104 / 144 >

この作品をシェア

pagetop