西園寺先生は紡木さんに触れたい


「やあ。珍しいね。」


抱きしめる代わりにそう声を掛けた西園寺に、紡木はびくりと肩を揺らした。


「あ…鍵。すみません、すぐ出るので。」


紡木は真っ直ぐを向いたまま、声の震えを抑えてそう言った。


「ううん、僕も少しここにいようかな。」

「えっ…。」


思わず西園寺の方を振り向いた紡木の目は、赤く潤んでいた。


「はは、夕陽が眩しいね。」

「はい…。

…ごめんなさい、私帰らなきゃなので。」


紡木はそう言うと、早足に屋上のドアへ向かった。


「紡木さん!」

西園寺が勢いに任せてそう言うと、紡木の足はピタリと止まった。


西園寺の呼びかけにはくるりと顔を向けた紡木は、もういつもと同じ顔をしていた。


いや、いつもよりも、もっと
壁を感じるような表情。




「…また明日。」


そんな紡木に、西園寺はそう声をかけることしかできなかった。



…あの時馬鹿な僕は、これが恋心だと気づいていなかったから、抱きしめることさえできなかったんだ。

でも今は違う。


彼女が世界で一番大事な人だから。

僕は君が好きだと気づいたから。

彼女が辛い時には、僕はただ優しく抱きしめたい。


そんなことを言ったら今度こそ本当に彼女に嫌われそうだから、僕だけの秘密にしておこう。


西園寺は心の中で呟いてからくすりと笑うと、紡木は「…なんですか。」と怪訝な表情で西園寺を見つめた。


「ううん、秘密。」

そう言って西園寺はパクリと一口、サンドイッチにかぶりついた。



< 116 / 367 >

この作品をシェア

pagetop