敏腕パイロットは契約妻を一途に愛しすぎている

『頼むよ、杏』

 お願いします、と電話の向こうで土下座でもしていそうな勢いで頼まれては断ることができなくなる。

「……わかった、行くよ」

 ため息混じりに答えると、兄は空港内の自分の居場所を伝えてから電話を切った。

 私はスマートフォンを夕香さんに返し、コートを羽織ってバッグを手に取る。

「あら、杏ちゃんもう帰るの?」

 それを見ていた母に声を掛けられたので事情を説明する。

「お兄ちゃんパスポート忘れたんだって。届けてほしいって頼まれたから行ってくるね」
「えっ、慎ちゃんそんなこと杏ちゃんに頼んだの⁉ 私が行くわ」

 申し訳なさそうに声をあげる夕香さんに私は首を横に振った。

「いえ、私が行きます。夕香さんはこれから雄心くんのお昼ごはんの時間だし、母は足が悪くて行けないから。だからお兄ちゃん私に頼んだと思うので。パスポートってどこにあるかわかりますか」
「ごめんね、杏ちゃん。助かるわ。すぐに取ってくるから待っていて」

 夕香さんがリビングをあとにする。それを見送った母が「慎一ったらうっかりしているわね」と、呆れたように呟いた。

 すぐに夕香さんが兄のパスポートを持って戻ってきたので、それを受け取って私はさっそく羽田空港に向かう。

 三十分ほど電車に乗って正午過ぎに到着すると、ターミナル内はこれから出発を控える人や到着した人、観光客などで溢れていた。
< 112 / 156 >

この作品をシェア

pagetop