敏腕パイロットは契約妻を一途に愛しすぎている

 あまり来る機会のない場所ということもあり、迷いながらも国際線の出発ロビーに辿り着く。きょろきょろと視線をさ迷わせて兄の姿を探していると、遠くから「杏」と男性の声で呼ばれた。

 スーツの上にトレンチコートを羽織った兄が手を振っているのがわかり、そこに向かって歩いていく。

「ごめんな、杏」
「ほんとだよ。こんなに大事なもの忘れないでよね」

 バッグからパスポートを取り出して手渡した。ありがとな、と受け取った兄がそれを鞄にしまう。

「杏、お昼どうした?」
「まだ食べてないよ」

 時刻はちょうどお昼の時間帯。でも午前のおやつで夕香さんの手作りパウンドケーキを食べたので、まだそれほどお腹は空いていない。

 すると、財布を取り出した兄がお札を抜き取り私の手に握らせる。

「じゃあこれで好きなもの食べて」
「いいの?」
「パスポートのお礼」

 そういうことなら遠慮なく頂こう。せっかくここまで来たのだから空港内でなにか食べて帰ろうかな。たしか食事できるお店がけっこうたくさんあった気がする。

 貰ったお札を大切に財布にしまっているとふと周囲がざわつきだした。

 どうしたんだろう?

 周囲の人たちの視線がある場所に注がれていることに気が付いて、私と兄もそちらを振り返る。

 すると、濃紺の制服に身を包んだふたりの男性が軽く言葉を交わしながらこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。
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