敏腕パイロットは契約妻を一途に愛しすぎている
「そういえばお兄ちゃん。私、匡くんに会ったよ」
「匡に?」
ふと思い出して兄に報告する。
「那覇市内の料理屋でばったり会ったの。それだけじゃなくて、私が乗った飛行機の機長が匡くんだった。すごくない? こんなことってあるんだね」
「だな」
兄は食べる手を止めずに短い相槌を打つだけでちっとも驚いた様子がない。
感情をあまり剥き出しにしない匡くんとは違い、兄は非常にわかりやすい男なので感情がすぐに表に出る。だから沖縄で匡くんにばったり会ったと報告したらきっと驚くだろうと思っていたのに。予想外に薄い反応をされて少しつまらない。
そんな兄の代わりにキッチンで洗い物をしている母が「すごいわね、そんな偶然あるのね」と、目を丸くさせて驚いている。
「杏ちゃんは匡智くんに会うのは久しぶりよね」
「うん、三年振り。最後に会ったのはお兄ちゃんの結婚式だから」
「匡智くんはお仕事が不規則だからあまり実家にも帰っていないみたいだし、お母さんもしばらく顔を見ていないわね」
元気かしら~、と呟いて母は洗い物を続ける。
匡くんは大学進学を機に実家を出てひとり暮らしを始めた。
大学に三年在籍したあと中途退学して、航空大学校という国立のエアラインパイロット養成機関に入学。二年ほど東京を離れていたが、航空会社に就職後は再び東京に戻りひとり暮らしをしているそうだ。