敏腕パイロットは契約妻を一途に愛しすぎている
「私はアパート借りてひとり暮らしするよ」
そう答えると、すぐに兄が言葉を返す。
「お前にそんな金の余裕ないだろ。ネイルサロンの経営でいっぱいいっぱいなんじゃないのか。だから離婚してもひとり暮らしできなくて実家に戻ってきたんだろ」
「うっ……」
兄の言う通りなので言葉に詰まる。
渋谷にあるネイルサロンで働いていた頃に貯めたお金は、元夫の夢のための資金と生活費に費やし、あとは私のお店の開店資金でほとんど使ってしまった。
でも、お店が安定するまでの運転資金用に取っておいたお金がまだ残っているから、それを使えばひとり暮らしができないわけでもない。たぶん……。
「大丈夫。だいぶ貯金も増えてきて、そろそろ余裕でひとり暮らしができそうだから」
もちろんそんな余裕はないけれど、母と兄の前では嘘をついた。
「それ本当なんだな」
私とそっくりな二重の真ん丸な目で兄がじっと見てくるので、「本当です」と私もまた見つめ返す。
「それならいいか」
先に視線を逸らしたのは兄だ。どうやら私の言葉を信じてくれたらしい。けれど、今度は母が私を心配してくる。
「杏ちゃん、本当に大丈夫なの? お金、少し貸そうか」
二十七にもなって親にこんなことを言わせてしまう自分が情けない。離婚してから母には随分と心配をかけてしまったけれど、これからはもっとしっかりしないと……。
「大丈夫だよ、お母さん」
私はにっこりと笑顔を作った。
「そろそろ実家を出てひとり暮らしを始めようってちょうど思っていたところだから。これがいいきっかけになるよ」
明るく答えて、大きな口で豚カツを頬張る。もぐもぐと咀嚼してから、この先の不安と一緒にごっくんと勢いよく飲み込んだ。