敏腕パイロットは契約妻を一途に愛しすぎている
匡くんの前で泣いたらいけない。俯いたまま必死に涙をこらえる。
「杏」
けれど、不意に名前を呼ばれて顔を上げてしまった。瞳に薄い膜を張っていた涙がぽろっとこぼれ落ちる。
「泣くなよ」
くしゃりと笑った匡くんの手が正面から伸びてきて私の頬を優しく包むと、親指でそっと涙を拭ってくれた。
「杏が今、どん底にいるなら俺がそこから掬い上げてやる」
彼の真っ直ぐな瞳が私を見つめて言葉を続ける。
「ひとり暮らしをする金がないなら俺のマンションに来るか。衣食住は保証する」
「えっ」
「そうすればネイルサロンも続けられるんだろ」
「ま、匡くん?」
突然なにを言い出すのだろう。
思い掛けない提案にきょとんとしている私に向かって匡くんが「もしかして、冗談で言ってるとでも思っているのか」と、顔をしかめる。
「俺はこんなときに冗談は言わない。妹みたいに思っている杏が困っているんだ。兄として助けてあげたいと思うのが普通だろ」
「普通なの?」
「俺にとってはな」
そう言って、匡くんが優しく目を細めた。
おそらく彼は私のために本気で提案してくれているのだろう。
「でも、妹っていっても私は匡くんの本当の妹じゃないし」
「お前にとって俺は他人ってことか」
さっきまでの優しい表情をすっと消した匡くんが不満そうに眉を寄せるので、私は慌てて言葉を付け足す。
「そ、そうじゃなくて。私も匡くんのことは本当の兄のように思ってるよ。でも実際は違うから。身内でもないのに衣食住を保証してもらうなんて、そこまで親切にはしてもらえないよ」