イケメン、お届けします。【注】返品不可
そんなわたしの胸の内も知らず、オオカミさんはさっさと純和風の個人宅にしか見えない門を潜った。
「ここだ」
「え、ここって、お店……?」
看板も、暖簾も見当たらない。
本当なのか疑わしく思いながら、オオカミさんに続いて引き戸から中へ入ると、着物姿の女性に出迎えられた。
「いらっしゃいませ……あら、ショウくん! いつ、こっちに帰って来たの?」
「先月」
「相変わらず忙しいんでしょう? また、すぐによそへ行くの?」
「とりあえず、いま手をかけている案件が終わったら、こっちに戻る。そろそろ、落ち着けと言われているし」
「ふふ……落ち着けと言われたんじゃなく、落ち着きたくなったんでしょ? 彼女と」
「え」
女性の含み笑いに、思い切り勘違いされていると気づいたが、わたしが否定するより先にオオカミさんが答えてしまう。
「まあ、そんなようなものだ」
「余裕ぶっていると、あとで後悔するわよ? イケメンでもフラれるんだから」
「不吉なことを言わないでほしい」
店は、十席のカウンターのみ。
まだ早い時間帯ということもあり、わたしたちのほかには奥にひとりで飲んでいる男性がいるだけだった。
「何でも好きなものを頼め。メニューにないものでも、運が良ければ出してくれる」
カウンターの向こう、個性的な食器が並ぶ棚の上には、筆で書かれたメニューが貼り出されていた。
肉じゃが、だし巻き卵、油揚げの納豆挟み、地元の豆腐屋から仕入れた絹どうふの冷ややっこ、自家製漬物、等々。どれも美味しそうだ。
「ここ、よく来るんですか?」
「ああ。叔母の顔を見に」
「叔母?」
「女将は、母親の妹だ」
「だから、ショウくん……」
親しげな遣り取りにも納得がいった。
「そう呼ばれるのがわかっているから、ここには人を連れて来たことがない」
オオカミさんは、「ショウくん」と呼ばれるのが不服らしく、むすっとしている。
「どうしてショウくんがダメなんですか?」
「威厳がなくなる」
「威厳……。大丈夫ですよ、オオカミさんは黙っていても迫力ありますから」
「どういう意味だ」
「ドーベルマンみたいっていう意味です」
「ドーベルマン……」
ギロリと睨むオオカミさんに気づかぬふりをして、手作り豆腐の冷ややっこ、オススメだというおでん、筑前煮などを頼む。
和食には日本酒。
あまり見かけない銘柄の日本酒をいただくことにした。
すっきりとした喉ごしが、つい度を越して飲んでしまいそうな味わいだ。
「すごく美味しい!」
わたしの感想に、女将さんはにっこり笑う。
「ここから車で一時間くらいのところにある酒蔵のものなの」
「そんな近くに酒蔵があるなんて知りませんでした」
「小さいところだから。ドライブがてら、ショウくんと一緒に訪ねてみたらどう? 近くに、とってもきれいな湖もあるし」
「それは……」