最初で最後の恋をおしえて
「それは、だって」
自分が彼にとって、逃げたい婚約者であると知ったら悲しくなった。『逃げてくださって大丈夫です』と言うしかなかった。
「いいんだ。自惚れていたんだ。八つ当たりをして、紬希に強く言ってしまった。許してほしい」
紬希は首を何度も横に振る。
「それから出社して、紬希が倒れるまで、きみのつらい立場に気づけなかった。恋を知らなかった男の初動が遅れたのを許してほしい」
羽澄が悪いわけではない。それでも羽澄は続ける。
「紬希が好きだと気づいた途端、婚約の発表だ。順序は滅茶苦茶で、恥ずかしい話、職場でどう接していいのかわからなかった」
当たり前に語られる『紬希が好き』。
徐々に羽澄が冗談でも、勘違いでもなく、心の底から言っている言葉なのかもしれないと思えた。
「お陰で自分にとってなにが大切で、なにが譲れないのか思い知らされた。もう間違えない」
羽澄は紬希に強い眼差しを向けてから、ふっと表情を和らげて言った。
「シャワーを浴びないか。昨日はそれどころじゃなかった」
それから順にシャワーを浴び、コンビニで買った歯ブラシで歯を磨く。
スッキリした気持ちになり、リビングにいると、羽澄は紙袋を持って隣に座った。
何度、目にしたかわからない。トラブルの元凶になってしまったジュエリーショップの紙袋。